刻む


「やっと帰ってきましたね」

「うん。早速料理するから。部屋で待ってて」

「は、はい。その間に片付け、進めますね」


 結局食材は全部先輩が買ってくれた。

 せめてもの抵抗で小銭くらいは出そうとしたがそれも断られてしまった。


 小遣いで奢ってカッコつけても意味ないって自覚はあったけど、それでも何もかも先輩に甘えるのは男としてどうなのかと悩んだが。


「……」

「ふんふん」


 鼻歌まじりに、機嫌良さそうにキッチンに立つ先輩を見ていたらこれでよかったのかなと少し安心した。


 先輩も、歳下に奢られるなんてことは嫌だったのかもしれない。


 でも、男としてはその辺もリードしたいと思ってしまうわけで。


「バイトでも、しようかな」


 綺麗な先輩の横顔を部屋の奥から遠目で眺めていると、ふとそんな独り言が出た。


 バイトなんて面倒だしやったところで目的もない俺には意味のないことかと避けていたけど、今なら頑張れる気がする。


 先輩のためなら。

 先輩のため、か。


 先輩も、俺のためにご飯作ってくれてるんだよな。


 うん、なんか希望が出てきた。

 嫌なやつのために何かしようなんて、いくら先輩がお人好しでも思わないはずだ。


 相変わらず態度には出ないけど、先輩も俺のことを少しは認めてくれてるに違いない。


 粘った甲斐があったのかもな。


 よーし、お昼までに片付け頑張って、先輩の好感度をもっとあげるぞー。



「ソワソワ」


 染谷君がずっとこっち見てる。

 可愛い。

 ソワソワしちゃう。


 卵を混ぜる手が震えちゃう。

 どうしよう、うまくできない。


「……キュン」


 片付け、やってくれてるんだ。

 優しいし、とても几帳面なんだね。


 私、張り切ってガムテープも紐もいっぱい買っちゃったけど、気づかれてないのかな?


 いらなくなった本や雑誌をまとめて、使わなくなったものを段ボールに詰めて。


 でも、そのあとは……ううん、そんなことしなくても大丈夫だよね?

 染谷君は私を裏切ったりしないよね?


 だから縛ったり貼り付けたりする必要なんてないよね?


 ね、ないよね?

 私、染谷君が入学してすぐに告白してきた時は正直困ったなって思っちゃってたけど。


 毎日毎日好きを届けてくれてるうちに、毎朝染谷君からの告白を期待するようになって。


 今はまた、不安に包まれてる。

 いつ、染谷君が私に好きって言ってくれなくなるかって。


 ならないって信じたくても不安。

 だって今日も、私が言わないとちゃんと好きって言ってくれなかったもん。


 ダメだよそんなの。

 私に好きって言い続けて、私をおかしくした責任をとってもらわないと。


 じゃないと私。


「……ぎゅっ」


 紐、あれって結構硬いよね。

 ガムテープも、頑丈ないいやつにしたからね。


 縛らないとね。

 ううん、物理的にじゃなくて心理的にも。


「ふふっ」


 なんだかいい匂いがしてきた。

 料理、うまくいってるみたい。


 まずは胃袋を掴まないと。

 そのあとは……どうしたらいいんだろう?


 式場の予約もして、ご両親に挨拶して……。


 やだ、私ったら先のこと考えすぎよね。

 うん、そうだよね。まずは二人でできることから、だよね。


 お互いの名前の入ったタトゥーとか、どうかな?

 包丁だと、痛いかな?

 

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