お片づけ
♤
「……いただきます」
「うん、召し上がれ」
先輩の部屋で片付けに夢中になっていてすっかり肝心なことを忘れてしまっていた。
そういえば先輩は料理があまり得意ではなかったのだ。
目の前にはぐちゃぐちゃの、それこそ高層ビルから落下した卵がそのまま乗っているようなパスタがある。
もちろん俺はそれを食べる。
料理は見た目じゃないってことを俺は知って……
「うっ……」
「どうしたの? 美味しくない?」
「いえ、大丈夫です……」
まずい、ではないが辛い。
多分胡椒の入れすぎだ。
まあ、食べれなくはないが汗が止まらない。
「美味しい?」
「……美味しいです」
「そ。ねっ、食べたら縛ってもいい?」
「え? いいですけど、しなくても大丈夫ですよ」
「縛らなくても大丈夫?」
「はい、ちゃんとやっておきましたから」
ちゃんと先輩が料理している間に片付けはやった。
その証拠に、きちんと紐で縛られた本の束がいくつも部屋に並んでいる。
が、しかし。
「やったの?」
先輩は首を傾げる。
掃除の具合が不満なのか?
「え、ええ。ダメですか?」
「ううん、やってるなら大丈夫。じゃあ、ちゃんと縛られてるんだよね?」
「は、はい。問題ないと思いますけど」
「うん、なら大丈夫。いっぱい食べてね」
「……はい」
いっぱい食べれる自信はなかったが、とりあえず盛られた分は完食した。
食べ終える頃には舌がピリピリしていたが、皿が空になると先輩がうんうんと満足そうに頷いたので、きっとこれでよかったのだと自らに言い聞かせながら水を飲んだ。
「ふう、ご馳走さまです。さっ、掃除の続きしましょうか」
一旦食器を持ってキッチンへ。
するとなぜか先輩もついてきて、そのあとまな板の上に置かれた包丁を手にとる。
「あの、何かまだ作るんですか?」
「……作る、というか切る? ううん、刻む……うーん」
包丁を持ったまま首を傾げる先輩を見ていると仕草は可愛いのだけど、切先が俺の方を向いているので少し怖い。
少し玄関の方へ後退りしながら、先輩の方を見ていると。
俺の方を見ながら真顔で問う。
「染谷君って、タトゥーとかは嫌いな人?」
突然の質問に俺の方が首を傾げた。
「タトゥー? え、なんでですか?」
「好きか嫌いか、どっち?」
「んー」
なぜこのタイミングでそんな質問をされたのか、まずはそれについて俺は考える。
もしかして、先輩は見えないところにタトゥーがあるとか。
でも、そんなことをしそうな人にはとても見えないし。
じゃあなんでそんなことを聞くのかと考えても、やっぱりその意図は見えない。
「まあ……あんまりいい印象はないかなと」
嫌い、とはっきり言ってしまって先輩が嫌な思いをしてもダメだけど、かと言って好きだなんて答えてチャラいやつと思われてもいけないし。
率直な感想を、少しオブラートに包むように答えた。
「そ。じゃあ、自分で入れたいとか、思わない?」
「俺ですか? さすがにタトゥーとかはちょっと」
「そ。じゃあ、うん、わかった」
そっと、先輩は包丁を下げた。
そして、「そっかそっか」と何かに納得した様子で頷いたあと、「お片づけ、しよっか」と。
「そ、そうですね。じゃあ次は玄関を整理します?」
「うん。靴、片付けないと」
先輩は包丁を置いて、せっせと玄関の整理を始める。
そこで少し、ほっとした。
気のせいだとは思うけど、あの包丁、俺の方を敢えて向けていた気がしたから。
まあ、気のせいだろう。
先輩ってちょっとドジで天然なとこがあるみたいだし。
そんな先輩も可愛いなあと、靴を片付ける先輩の後ろ姿を見ながらうっとりしていた。
♡
「靴、片付けないとね」
染谷君の靴、どこに隠そうかな。
これがあると、これを履いてお外に出て行っちゃうもんね。
いっそ燃やして……でも、焦げ臭いとお料理失敗したと思われるかな。
うん、やっぱり隠そう。
とりあえずは靴箱の一番奥の奥に入れておいて。
染谷君が寝てる間に、お外に捨てちゃおう。
ふふっ、染谷君はもう、ずっとここで私と暮らしたらいいんだから。
毎日私が美味しい料理作ってあげるから。
そばで毎日、私に好きを届けてね。
「靴、お片づけしないと」
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