綺麗になった
♤
「先輩、玄関の方は片付け終わりました?」
玄関先の掃除は先輩に任せて、俺の方は部屋の整頓を続けてようやくそれが終わったところ。
で、呼びにいくと先輩はまだ靴を片付けていた。
「あっ。もう、部屋の片付け終わったの?」
「ええ、一通り。先輩の方は……もしかして収納スペースに困ってます?」
靴が散乱していた。
片付いたどころかさらに散らかしている。
靴が増えた? 靴箱の中を掃除していたのか?
「靴、いっぱいあるの。捨てるの苦手で」
「断捨離とかって、なかなか難しいですよね。でも、履かなくなったものは整理しておかないとですよ」
「うん。じゃあここの全部、段ボールに入れて」
「え、いいんですか? まだ綺麗なのもありますけど」
「ううん、いらない。いらないものは整理する、でしょ?」
「そ、そうですね。じゃあ段ボール持ってきますね」
俺は段ボールを組み立てて先輩の方へ戻る。
すると、容赦なくといった感じに先輩は玄関先にあった靴を全部段ボールへ詰め込んでいく。
その思いっきりのよさに少し戸惑ったけど、またあれこれ指摘して手が止まると片付けが進まないかと思って黙ってその様子を見守った。
やがて、段ボールがいっぱいになると先輩は側に置いてあったガムテープでガッチリと封をしてしまい、「おしまい」と。
「スッキリしましたね。でも、本当に全部いらなかったんですか?」
「うん。いらないものは全部この中。じゃあ、次は何する?」
「次ですか? んー、あとは……」
あと、気になるのはトイレと風呂場くらいだけど。
そういうプライベートなところを覗いていいものかと戸惑っていると、先輩の方から「お風呂とかトイレは綺麗にしてるから」と。
「そ、そうですか。じゃあもうやるところはないですかね」
片付けが終わったらいよいよ俺の役目は終わり。
そう思うと寂しくもあるが、いつまでもここに居座っていい理由もない。
今日は片付けを手伝うという理由で呼ばれたから。
だから名残惜しいけど今日はここで退散だ。
しつこいのは今更だけど、こういう時にまでしつこくするのはマイナスかなと、玄関へ向かうと。
「あ、あれ……」
靴がない。
俺の靴どころか、先輩の靴も一足もない。
「どうしたの?」
「あの、靴がなくて」
「靴? どこかいくの?」
「え、いやだって、片付け終わったから今日はこの辺で」
「夕食は?」
「夕食? え、先輩が晩御飯まで作ってくれるってことですか?」
「そうだけど」
「さ、さすがにそれは……」
「靴、ないから帰れないでしょ? だから、いいよ」
「はあ……」
なぜ靴がないかについては、なんとなく検討がついている。
おそらくさっき、先輩がかたっぱしから玄関の靴を段ボールに放り込んだ時に紛れたのだろう。
だから俺の靴は段ボールの中だ。
だけど、慌ててそれを探すことは、一刻も早くここから帰りたいという態度にも思われてしまう。
そうじゃない。
俺は別に帰りたいわけじゃないんだ。
むしろここにいたいわけで、結果として先輩が夕食までご馳走してくれると言ってくれてるんだし、ここは素直にこの幸運な流れに身を任せよう。
「じゃあ、お言葉に甘えて。でもまだ時間は早いですけど、どうしたらいいですか?」
「私、買い出しに行ってくるから。ここにいて」
「それはさすがに悪いですよ。俺も行きます」
「靴ないのに?」
「あ」
「いいから。ついでに段ボールも捨ててくるね」
先輩は両手で段ボールを持ち上げると、そのまま部屋を出て行こうとする。
その段ボールの中には多分俺の靴がある。
だからそれだけはと、止めようとしたところで先輩が。
「絶対に出たらダメだから」
命令のようにそう告げて、部屋を出て行った。
俺は、先輩の強い口調に何も言えず。
玄関の向こうに先輩は、消えて行った。
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