縛っちゃう

「あ、あの……これで大丈夫ですか?」

「うん。楽になった」

「そ、そう、ですか……」

「……」

「……」


 先輩の体温が直に伝わって来る。

 心臓が破れそうなほどに脈打つ。

 少し冷たい手だけど、柔らかい。

 

 俺、今氷女乃先輩と手を繋いでるんだ。


「あ、あの……買い物、続けます?」

「うん。紐とガムテープ、あった?」

「あ、あっちの通路にあるみたいですよ」

「じゃあ、連れてってくれる?」

「……はい」


 声が裏返りそうになるのを必死にこらえて、からがらに返事をしてから先輩の手を引く。


 場所がホームセンターじゃなければ、きっと周りからは恋人同士にでも見られているに違いない。

 いや、こんな場所で手を繋いで休日の朝から買い物をする方がカップルっぽいか。


 なんてことをグルグルと頭の中で巡らせながら、半分意識のないままとりあえず必要なものを買って店を出た。


 レジをする間も先輩はずっと手を握っていたので会計に手間取ってしまったが、そんな俺をレジのおばさんがニヤニヤしながら見守ってくれたのが逆に気まずかった。


 そして店を出たところで先輩がまた、足を止めた。


「……」

「まだ足、痛いですか?」

「ううん、おかげさまでだいぶ良くなった」

「そ、そうですか。ならよかったです」

「でも……」


 先輩は胸のあたりを抑えながらふうっと息を吐く。


「はあ」

「ど、どうしました? 疲れた、とか」

「ううん、少し胸が苦しいの。隣の公園でちょっと、休みたいかな」

「わ、わかりました。じゃあ……ええと、このままでもいいんですか?」

「うん。まだちょっとフラフラするから。お願いね」

「は、はい」


 先輩は随分と疲れてる様子だ。

 息をするのも辛そうだし、足取りも重い。

 それにずっと下を向いたまま、目も合わない。


 疲れてるとはいえ、少しくらいこっちを向いて話してくれてもいいのになあ。


 ……いや、こういう時こそ男の見せ所だ。

 疲れてる先輩をちゃんと支えて、紳士的にエスコートするんだ。


 そうすればきっと先輩も少しは俺のことを……。




「……」


 手、繋いじゃった。

 ずっと胸がキュンキュンしてる。

 心臓がバクバク音を立ててる。


 どうしよう、聞こえないかな。

 私、どんな顔してるのかな。


「……」


 染谷君もずっと無言のままだ。

 緊張してるだけ、って思いたいけど、そうじゃなくて付き合ってもいないのに手を繋ぐなんて淫らで軽い女だと思われてないかなとか、心配になっちゃう。


 でも聞けない。

 そんなことを聞く勇気があるなら多分、このドキドキを言葉にして彼に伝えられるはずだから。


 昔から私は感情を表現するのが下手だった。

 何考えてるかわからないとか、冷たいとか、感心がないとか言われてきた。


 本当はそんなことないのに。

 友達もほしいし、恋人も欲しいって思ったこともあるし、今だって染谷君にぎゅっと抱きしめてほしいって思ってる。


 でも、言えない。

 言えないまま、みんな私のことを勝手に知ったふうに決めつけて離れていく。


 染谷君は、どうだろう。

 私みたいなのを、どうしてずっと好きでいてくれるのかも不思議だけど、それもいつまで続くのかな。


 ずっと、続いてほしいけど。

 そんなの、勝手すぎるよね。


「もうすぐ公園つきますよ。足、大丈夫ですか?」

「うん」


 染谷君は優しい。

 こんな私のことを気遣ってくれて、気にかけてくれて、好きでいてくれる。


 本当は足なんて痛くないのに。

 こんな嘘つきな私を、頑張って支えてくれている。


 可愛い。

 それに、頼もしい。


 私、もっと甘えたい。

 それに、甘えてほしい。


「……あの、手はこのまま繋いでて大丈夫ですか?」

「うん」


 この手を離せば、遠くにいっちゃいそうだから。

 だから離さない。

 もう一回繋いでってお願いする勇気もないから。

 

 だから逃がさない。

 だめだよ、離したら。

 私のこと、好きなんだよね?

 だったら絶対に離したらダメ。


 そんなことしたら私……ううん、染谷君はそんなことしないよね。


 もし私から離れていっちゃいそうになったら。


 そしたら。


 ……私の部屋に閉じ込めちゃったら、誘拐になるのかなあ?



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