ここはホームセンター


「ごちそうさまでした……うぷっ」


 結局おかわりの目玉焼きもしっかり平らげたのだけど、先輩は気合が入ったのかそれとも単にミスしたのか、最初のより随分と味が濃くて辛かった。


 食べ終えると「もう一枚いる?」と聞かれたのですかさずごちそうさま宣言。


 これ以上あんなに味の濃いものを食べていたら体調が悪くなりそうだ、なんてことはせっかく俺のために料理してくれた先輩に向かって言えるわけもないけど。


 先輩の手料理を独占できるなんて夢のようなのに。

 もっと喜んだ方がいいのか、それとも……。


「お腹いっぱい?」

「え、ええ。もうさすがにお腹いっぱいです」

「ほんとに?」

「ほ、ほんとですよ」

「うん、ならよかった。ねえ、そろそろ出かける?」

「そ、そうですね。買い物にいきましょうか」


 これ以上食べていたら片付けする前に何もする気が起きなくなってしまう。


 早く買い物を済ませよう。


「うん、いい天気」


 外に出ると、今日は快晴で日差しが眩しくて先輩は気持ちよさそうに太陽の光を浴びながらそう呟いた。


 とても眩しい。

 太陽の光に目を細める先輩の横顔がとても眩しい。


 なんてキザなことを言えば引かれるのだろうけど。

 本当に先輩とお出かけする日がくるなんて夢のようだし、まるでデートしているみたいだ。


「……」

「染谷君」

「は、はい」

「どうしたの? 何か悩み事?」

「い、いえ別に。いい天気だなあって」

「天気いいと気持ちいいよね。染谷君はお出かけとか好き?」

「そ、そうですね」

「例えばどこにいくの?」

「ん、んーと、本屋とかですかね」

「例えばどんな本を読むの?」

「う、うーん漫画とかが多いですけど」

「漫画はどういうのが好きなの?」

「そ、そうですねえ、有名なのばっかり読んでますけどスポーツ漫画は好きですよ」

「そ。恋愛系とかは読まない?」

「よ、読まないこともないですよ」

「そ」

「あ、あの……そんなに気になります?」

「聞かれて困ることあった?」

「い、いえ別に」

「そ。ならいいの」

「はあ……」


 謎の質問攻めだった。

 まさかお出かけ一つでこんなに尋問のように掘り下げてあれこれ聞かれるとは思わなかったけど。


 先輩も本とかが好きなのかな。

 それとも、俺という人間がどういう人物なのか知ろうとしてくれてるってことなのか?


 ……もしそうだとしたら脈がないこともないのかな。


 でも。


「いい天気」


 と、独り言を呟きながら涼しい顔で歩く先輩は本当に何を考えてるのかわかりづらい。

 もう少し感情を出してほしいものだけど。

 いや、それこそ先輩が笑わないのは俺がつまらないせいなのかもしれない。

 楽しいことを言えば先輩だって笑ってくれるだろうし、俺といることが楽しいのであれば先輩ももっとウキウキするはずだ。


 まだまだ、足りないってことだな。

 なら、店についたら俺がテキパキ買い物していいところを見せないとな。



「いらっしゃいませー」


 先輩の家から五分ほど歩いたところにある大きなホームセンターに着くと、店員さんの声が広い店内に響く。


 そして先輩はまるで初めて入ったかのように物珍しい様子で店内をキョロキョロと見回していた。


「広い……ここどこ?」

「あの、先輩ってここ来るの初めてですか?」

「うん。こっちにきてからお出かけとか、あまりしなかったから」

「そうなんですね。そういえば先輩って地元は結構遠くなんですか?」

「ううん。電車で二時間あれば帰れるけど、田舎で通学にちょうどいい電車がなくて」

「へえ。でも、地元の学校は受験しなかったんですか?」

「ううん。でも、受かったのが今の高校だけだったから」

 

 なんて話をしていると、先輩の足が止まった。


「ど、どうしました?」

「……疲れちゃった」

「え?」

「足、痛くなってきた。ちょっと休憩できるところ、ないかな?」


 困った顔で、先輩は足元を気にし始める。

 そんなに歩いたつもりもないけどなあと、先輩の足元をチラッと見ると、華奢で折れてしまいそうな長い足が目にとまる。


 ジーンズのため、残念ながら生足とはいかないが、その細長い綺麗な足を見ていると胸が熱くなる。

 それに、こんな細い足だとたしかに少し歩いただけでも疲れるのかも、なんて思うといてもたってもいられなくなる。


 すぐにどこか休めそうなところはないか探すが、あいにくホームセンターに休憩スペースなんてそうそうない。


 どうしようかなと困り果てていると、先輩がそっと、細く白い手を差し出してきた。


「……どうしました?」

「支えてくれる?」

「え?」

「手、握って。立ってるの、つらくて」

「手……手!?」


 一瞬パニックに陥りかけた。

 憧れの先輩と手を繋ぐなんて、そんな夢みたいな話がそれも向こうからお願いされるなんて、まさに夢じゃないかと疑った。


 しかしこれは現実だ。

 もちろん恋人として、ではなく足が痛いからという理由だけど。

 

 これこそまさに千載一遇。

 気を取り直して、俺は一度自分の手を太ももでぬぐって手汗を拭いて。


 そっと、先輩の白い手に俺のゴツゴツした手を伸ばした。


 

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