つん


「……つん」


 床で仰向けになって眠る染谷君の寝顔を見ながら、彼の頬を人差し指でツンとしてみる。

 

 柔らかい。

 それに、あたたかい。


「可愛い」


 可愛い。

 とても可愛い。

 このままずっとここで寝ててほしい。

 私、両親はいつも仕事ばっかりで、高校は実家から離れたところに通うことになったからこの通り一人暮らしだし。

 

 ずっと一人。

 だから、誰かの寝顔を見ることなんて、なかったけど。


「可愛い」


 みんな、私のことを冷血な女だと決めつけて、誰一人として心を開いてくれなかった。

 上辺だけの付き合い。

 友人はみんな、一定の距離を保って崩さないし。

 私を好きと言ってくる男子もみんな、そう言いながらも初めから私に何も期待していない。


 どうせ仲良くなんかなれやしない。

 自分になんか興味ない。

 そんな言い訳が、言われなくても聞こえてくる。


 だから、こんなふうに私の部屋で誰かが心許して眠ることなんてなかった。


 けど。

 染谷君は違う。

 私みたいな、何をするかもわからない女を信用して家に来てくれて料理を食べてくれて安心して眠っている。


 嬉しい。

 私のことを信じてくれてるんだ。

 私も、彼の気持ちを信じていい、のかな。


「いいよね? ね?」


 すうすうと寝息を立てる彼に問いかける。

 もちろん答えは返ってこないけど、その寝顔が答えなんだと、私は確信する。


 私、この人に決めた。

 決めたからもう、離さない。

 離さないって、決めた。


「……好き」


 好き。 

 毎日染谷君が私に届けてくれた言葉。

 私も、彼が起きたらもう一度ちゃんと……ううん、言える自信、ないかな。


 恋って、成就したら燃え尽きちゃうんじゃないかなって、心配だから。


 でも、いつまでも焦らしているだけだと、飽きられてしまうとも、思う。


 どっちも怖い。


 だから、今のうちに。


 彼が私を追いかけてくれているうちに、私なしじゃいられないようにするの。


 染谷君の名前のように。


 私色に染め上げて、私という谷底に彼を落とす。


 そして樹海のように。

 二度と出てこれなくなるように。


 私、頑張らないといけないね。


「……可愛い」


 無防備に眠る彼の顔に、そっと自分の顔を近づけてみる。


 


 

 

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