おかしい
♤
「……」
俺は今、まるこげの黒い塊を食べている。
かろうじて残るデミグラスソースの味と、その形からおそらくこれはハンバーグだと推測されるが、憶測の域を出ない。
それほどにぐっつりと煮込まれたハンバーグらしき何かは、やはり炭のような味しかしないのだが。
「いっぱい食べてね」
先輩にまっすぐ見つめられてそんなお願いをされると、食べないなんて選択肢はなかった。
ただ、もちろんテンションが上がらないので会話が盛り上がるわけもなく。
黙々と箸をすすめる。
先輩は心配そうに俺の方をずっと見ている。
「あの、美味しいですよ」
「ほんと? ねえ、おかわりは?」
「お、おかわりはお腹いっぱいなので大丈夫かなと」
「そっか。ねえ、外が暗くなってきたね」
「そうですね。これを食べたら今日のところは」
「何する? 先にお風呂とか入る?」
「……え?」
お風呂だと?
俺が先輩の家で風呂に入る?
いや、それはさすがにやりすぎだし、先輩も冗談のつもりで言ったんだろう。
「はは、お風呂だなんてそんな。悪いですから今日のところは」
「掃除いっぱいして、汚れてるから。お風呂、入って」
「だ、だから今日はですね」
「そんなに急いでるのはなんで? 何かあるの?」
「そういうわけではないんですけど……」
あれ、これはまじめに風呂に入れって言っている?
でもなんで?
もしかして……汗臭いのか、俺?
「くんくん……んー」
少し自分の体を匂ってみたが、特に臭くはない、はず。
先輩も、「何してるの?」って聞いてくる。
「いえ、掃除に夢中で汗かいたかなって」
「それなら余計にお風呂入らないと。タオルはあるから、シャワーどうぞ」
そう言ってから部屋の扉をあけて、廊下の途中にある風呂場へ行くように促してくる。
本当に風呂まで借りていいのかと、俺はまだ躊躇いを隠せないまま立ちすくんでいたが、「早く」と先輩に強めに言われてジ・エンド。
俺は黙って風呂場へ行き、洗面台の前の脱衣所に立つと、恐る恐る服を脱ぐ。
先輩がちゃんと部屋の扉を閉めているかを何度も確認したが、それは問題なさそうだ。
でも、もし何かの用事でこっちにきてしまって、裸の俺と遭遇、なんてことになってドン引きされたのでは話にならない。
かと言って、シャワーを借りたふりをしてそのまま出てきて、せっかくの先輩の気遣いを無駄にしたら、それこそ先輩が気を悪くするかもしれないし。
さっさと体を洗って出よう。
そして早く帰ろう。
「……失礼します」
風呂場の扉を開ける時、妙に緊張した。
ここで毎日先輩が体を洗っているのだと想像してしまうと、体が熱くなる。
なんてことのない、狭めの風呂場だけどとても綺麗だ。
シャンプーや石鹸が並んでいる。
あれで先輩が体を洗っていると思うとまた、心臓がトクンと弾む。
「……いかん、余計なことを考えるな」
言い聞かせるように呟いて、シャワーの栓をひねる。
さーっとお湯が流れる。
流れるお湯が少し冷えた足元に当たり、湯気が立ち込める。
俺はその湯気に包まれながら思う。
どうしてこんなことになった?
なぜ今、俺は先輩の家で裸になってシャワーを浴びている?
わからない。
ただ、今日は片付けに来ただけなのに。
これは果たして幸運の訪れを告げるものなのか、それとも不幸の前触れなのか。
先輩は一体どういうつもりで部屋にいるんだろうか。
そんなことをモヤモヤと頭の中で巡らせながら、シャワーを頭から浴びた。
♡
「……ふふふっ」
染谷君ったら、遠慮して帰ろう帰ろうってするから。
そんなことしなくていいのに、私もはっきりと止められないから。
だから、考えたの。
靴がなくても裸足で帰られたら困るから。
「お洗濯、しちゃうね」
服も、ぽいっと。
これはもちろん捨てずに洗濯機の中、だけど。
お部屋の中だったら、服着なくてもいいもんね。
それに、もうここから出る予定がないなら服もいらない……さすがに冬は寒いかな?
でも、今日は服がないとさすがに帰れないよね?
お洗濯が終わるのは真夜中にタイマーを設定しておこうっと。
ゆっくりシャワー浴びてね。
で、もちろん出てきてからもゆっくりしようね。
……染谷君。
今晩も、私に好きを届けてね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます