15

不味い、撃たれるとギンジュが思った瞬間――。


ヒバナは扉を蹴り飛ばして、男を挟んだ。


そして、怯んだ男を握っていた銃で撃ち殺す。


「あの状況でよくもまあ……。ス、スゲーな……」


絶体絶命だと思っていたギンジュだったが、ヒバナの見事な身のこなしに呆気に取られていた。


咄嗟の判断力は大したものだなんて、自分が評価するのもおこがましい。


3人組だったとはいえ、アンビシャスで脳みそがフル回転していたギンジュを倒したのは伊達ではない。


ギンジュは今さらながら、このガラガラ声の金髪の娘が、若いくせにかなり場慣れしていることを思い知った。


「感心している場合か! ほら、さっさと走れ!」


「えッ? なんで……って、うわぁぁぁッ!?」


ヒバナがギンジュの背中をバシッと叩いて走り出すと、狭い廊下の奥からスーツ姿の男たちが現れた。


近くで鳴った銃声を聞きつけたマフィアたちが、発砲しながら追いかけてくる。


弾丸が顔をかすめる恐怖を味わいながら、ギンジュもヒバナの後を追って船内を駆けていく。


迷いなく走るヒバナ。


そんな彼女がどこかを目指しているように見えたギンジュは、キジハとカゲツがいる場所がわかっているのかと訊ねた。


だが、ヒバナは答えない。


追いついたギンジュが隣に並んで何度も訊いたが、彼女は途中にあった棚やポリタンクを蹴り飛ばして、マフィアたちが追いかけにくいようにするだけで返事をしてくれなかった。


「おい、無視するなって! つーか後ろの連中はどうすんだよ!? このままじゃ捕まっちまうぞ!」


「アンタさぁ。文句ばっか言ってるけど、少しは自分でなんとかしようと思わないのかよ。アタシがテストの試験官なら、そんな態度じゃ確実に落とす」


「ぐッ!? つっても武器がねぇんだよ! 飛び道具がよ! まさか素手で銃を相手にしろってのか!? そんなアホなマネできるか!」


「そんなアホなマネをやってただろうが、アンタは。たったひとりでアタシらにケンカ売ったのを、まさか忘れたとは言わせねぇぞ」


まるでミリ単位の狂いなく杭を打つように、的を得た事実を口にしたヒバナに、返す言葉がないギンジュ。


彼は、ぐうの音も出ないとはこのことだと、顔をしかめることしかできなかった。


それから会話は止まり、ギンジュはただヒバナを追いかける。


そして、走りながら考える。


この狭い廊下では、いくらアンビシャスを使っても無意味だ。


たとえ相手よりも速く動けても、避けきれないほどの弾丸を浴びたらそこで終わる。


せめてもう少し広い場所に出れればいいんだがと、フライトジャケットからピルケースを出し、中からスマートドラッグ――アンビシャスを1錠を手に握った。


マフィアたちから逃げていると、突然ヒバナが足を止め、側にあった扉を開けて中へと入った。


ギンジュも当然彼女について行くと、中にはマフィアと、そしてキジハとカゲツがいた。


この部屋は娯楽室だったようで、キジハたちは真ん中にあったテーブルを挟んで銃撃戦をしているようだった。


「姉さん! カゲツ! やっと見つけたよ!」


ヒバナが声を張り上げながらキジハたちのほうへと転がっていった。


当然ギンジュも彼女に続く。


ふたりは、敵側にもある対角にあったソファーの陰へと隠れ、彼女たちと合流した。


「ヒバナ、外の状況は?」


「デッキのほうはアタシらが優勢だよ。じきに片が付くと思う」


「なら、ここを押さえればわたしたちの勝ちだな」


キジハは状況確認をすると、ヒバナとカゲツふたりに視線を向けた。


ふたりはニヤリと口角を上げて、キジハの眼差しに応える。


ギンジュは彼女たちの様子を見ながら、自分は完全に蚊帳の外だなと、乾いた笑みを浮かべていた。


それでも、この部屋の広さならば十分に動けると、握っていたアンビシャスを口へと放り込もうとしたが――。


「ギンジュ、おまえはじっとしてろ」


「はぁ? なんでだよキジハさん!? ここなら俺だって役に立て――」


「死にたくないなら動くな。もうおまえを試せる状況じゃないんだよ」


キジハがそう言って動き出そうとすると、ギンジュは彼女の手を掴んだ。


そんな彼の行動に、ヒバナは顔を強張らせ、カゲツのほうは嬉しそうに白い歯を見せていた。


ギンジュはふたりのことなど気にせずに、睨んでくるキジハを見つめ返して言う。


「ここは俺に任せてくれよ。必ずなんとかするから」


そう言ったギンジュは、アンビシャスを口へと放り込むと、隠れていたソファーの陰から飛び出した。


マフィアたちが一斉に彼に向かって発砲する。


無数の弾丸が飛んでくるが、ギンジュは怯むことなく特攻。


この広い空間なら動き回れると、左右に動きながら物陰に隠れているマフィアたちへと突っ込んでいった。


「おまえらも弾が止まって見えるぜ!」


アンビシャスの効果で身体能力が向上しているギンジュには、相手の動きだけではなく弾丸すらもスローモーションに見えていた。


弾丸を躱しながら飛び込んで、目に入った最初のひとりを蹴り飛ばし、次に傍にいた男を殴り倒す。


「なんだこいつ!? 弾丸の中を抜けてくるだと!?」


「落ちつけ! おそらくスマートドラッグだ! 冷静に対処すれば――!?」


ギンジュは残っていた敵も一蹴する。


いける、倉庫のときとは――こいつらはキジハたちとは違う。


やはり彼女たちが特別だったのだと、脳から全身に発せられる全能感を味わいながら、ギンジュは部屋にいたマフィアたちだけでなく、中に入ってきた敵も叩きのめした。


浮足立つマフィアたちが慌てて銃口を向けてくるが、こうなったらもう誰も彼を止められっこない。


狭い場所なら、距離さえ詰めれば後はスピードで上回るほうが断然有利だ。


「どうよ。あんたたちには通じなかったけど、これが俺の実力だ。やるもんだろ」


およそ分単位、いや秒でマフィアらを撃退したギンジュは、ソファーの陰から出てきたキジハたちに笑いかけた。


その態度を見てヒバナは顔をしかめ、カゲツが笑いながら抱きつこうとしたが、彼よりも先にキジハがギンジュの目の前に立つ。


「今、おまえが使ったものを出せ」

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