38

――マンションを出たギンジュたちは、スクラッチが予約したという店へと向かった。


途中でバスに乗り、店があるという繁華街の場所をスマートフォンで調べる。


ギンジュとヒバナがスマートフォンの画面を見ていると、普段バスを使わないせいか、カゲツはなんだか物めずらしそうにしていた。


降車ボタンでバスが停まるというシステムが気になったのだろう。


じーと光っている降車ボタンを見つめている。


「おい、絶対に押すなよ。それは目的地に着いたときに押すもんだからな」


「そう言われると押したくなっちゃうな~」


「もし押したら、そこにおまえを置いてくぞ」


「えぇッ!? それはやりすぎだよ、ヒバナ!」


しっかりと釘を刺されたカゲツは、絶対に降車ボタンを押さないと誓った。


だが、それでもやはり気になってしまうのか。


バスに乗っている間、彼はずっと光ボタンを見つめていた。


それから目的地に近づくと、ヒバナに言われてついにボタンを押すことができ、かなりご満悦でバスを降りた。


今さらながら子供だと思う。


ギンジュはカゲツの実際の年齢を知らないが、同年代の子供よりも幼い感じはしていた。


カゲツは、おそらくギンジュの弟コウギョクと同年代くらいだと思われる。


コウギョクが大人びていたのもあるが、それにしてもカゲツは無邪気すぎる。


そんなふたりが重なって見えるときがあるのだから、やはり子供とは不思議だと、ギンジュは、前を跳ねるように歩くカゲツを見て思っていた。


「来たか」


「おせーぞ」


バス停から少し歩き、ギンジュたちは店に到着した。


店内にはスクラッチとプロテックがおり、ふたりともずいぶんと待っていたようだった。


ギンジュはヒバナが一緒にいることを何か突っ込まれるかと思ったが、スクラッチもプロテックも彼女がいるのは当然といった感じで特に触れては来なかった。


それがなんだか嬉しいと、ギンジュは内心で笑う。


スクラッチが貸し切ったと言っていた店は、カウンターで立ち飲みするスタイルのバーで、スペインの国旗が壁に飾られていた。


スペインバルというスタイルの店なのだろう。


10人入れるかといった狭い店だが、店長と従業員たちが気さくに話している様子を見るに、上手くやっていそうだ。


ここの店長や店員らはスクラッチと古い知り合いらしく、まだチームを組む前のキジハもよく来ていたらしい。


「わあー美味しそう!」


カウンターテーブルに料理が置かれていくと、カゲツが目を輝かせていた。


スペイン風オムレツ――トルティージャ·デ·パタータス。


黒豚の生ハム――ハモン·イベリコ。


スペインのコロッケ――クロケッタ。


それからアヒージョ、チョリーソ、パエリアなど、他にはパンやサラダが並べられ、さらにはデザートまで用意されていた。


どうやらスクラッチは、セルフサービスで料理を自由に皿に取り分けるビュッフェスタイルにしたようだ。


こちらのほうが自分のペースで飲み食いできるので、店員を呼ぶ手間が省けるので楽でいい。


「じゃあ、乾杯といくか」


スクラッチはそう言うと、皆にグラスを持つように声をかけた。


赤ワインをコーラで割って飲むカクテル――カリモーチョを、その場にいた全員が手に取る。


当然カゲツはコーラだ。


皆がグラスを手に取ると、スクラッチがギンジュに乾杯の挨拶をするように振った。


いきなりそんなことを言われたギンジュは焦ってたが、カゲツ、プロテック、ヒバナにも煽られて渋々ながらやることに。


「えーと、こういうのって慣れてないんだけど……。ともかくみんな無事で飲んだり食ったりできて嬉しいよ。乾杯」


挨拶の後にグラスが交わされた。


少し照れながら挨拶をしたギンジュを、カゲツとプロテックがからかうように絡む。


「ギンジュったら、なんで照れてんの」


「ホントだよ。オラ、もっと胸を張れよな」


「胸を張れって言われたってよ。いきなり挨拶をやれってムチャぶりだろ」


そんなギンジュに、飲め飲めと酒をすすめるプロテック。


カゲツのほうは料理で頬をいっぱいにしながら、ギンジュの口に生ハムを突っ込もうとしていた。


ギンジュは、キジハたちとアジトで飲んでいたときのような感覚を思い出す。


人数こそ少ないが、あのときの――誰もが楽しそうに騒いでいた空気がよみがえる。


そして、この場にあのときの仲間たちや、キジハ、コウギョクがいたらと、感傷に浸っていた。


プロテックはもう酔っ払っているようで、ギンジュの肩に手を回し、彼の背中に飛びついているカゲツと一緒にさらに声を張り上げる。


「よーし、今夜は朝まで飲むぞ! なんてったってギンジュのおごりだからな。宣言通り俺が破産させてやる! 店長、この店で一番高いワインをガンガン開けてくれ! 全部飲み干してやる!」


「ボクにも料理ジャンジャン運んで来てよ! この店のメニュー全部制覇してやるんだから!」


「おいおい、おまえら!? ちょっとは遠慮しろよな! マジで破産しちまうだろうが!」


文句を言いつつも、ギンジュは楽しんでいた。


もう誰も死なない。


街の半グレチームは今夜全滅したのだ。


もう暴れる連中はいない。


これからは街に平和が訪れるはずだ。


あとはキジハの仇を討って、その後は皆で楽しく暮らそう。


何か別の仕事も探さないといけないが、それもなんとかなるだろう。


このメンバーにできないことなんて、何もないのだから。


「フゴ! フゴゴゴゴッ!」


「おい、カゲツ。おまえは口にものが入ってる状態で喋ろうとすんなよ」


食べながら喋ろうとするカゲツを窘め、この光景はこれからもずっと続くのだと、ギンジュは胸が熱くなるのを感じていた。

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