37

――その後、スクラッチとプロテックと別れたギンジュたちは、ヒバナのいるマンションへと戻った。


血塗れの姿は見慣れているはずだが、ヒバナは血の気の引いた顔でギンジュとカゲツに駆け寄ってくる。


「ふたりともそれ自分の血でしょ!? どっかケガしたの!?」


ギンジュの口元とカゲツの肩を見た彼女は、慌てて病院へ行こうと叫んだ。


だが、応急処置をしてもう何も問題はないとカゲツが言うと、ヒバナは彼の傷の具合を見て冷静さを取り戻していた。


ギンジュのほうは鼻血が出ただけだと言い、ホッとした様子で胸を撫で下ろす。


危険な仕事だとはわかっているが、ケガをしたと知ればやはり心配してしまう。


前からそういう人だったと、ギンジュは胸が熱くなっていくのを感じていた。


それからギンジュとカゲツはシャワーを浴び、新しい服に着替える。


血塗れの服はヒバナが受け取り、洗剤を入れたお湯に浸からせていた。


「ねえ、ヒバナ。これからスクラッチとプロテックとパーティーをやるんだけど来ない?」


「仕事してねぇアタシが行ってどうすんだよ。こういうのは頑張ったヤツのご褒美だろ。気にしないで楽しんできな」


「ヤダ、ヒバナが来ないとヤダ」


「アンタねぇ……」


久しぶりにわがままを言い出したカゲツを見て、ヒバナは呆れるしかなかった。


彼女が何度も自分が行かない理由を説明しようが、カゲツはさらに駄々をこねるだけで、けして納得しない。


しばらくヒバナの説明が続き、彼女の言葉が尽きた頃、今度はカゲツのほうが話し始めた。


スクラッチたちとの仕事後にパーティーをするのは初めてだ。


これまでやらなかったことを向こうからやろうと言うのだ。


そこには必ずヒバナもいなければいけないと、カゲツは独自の理論――というか、まったく持って説得力のないことをもっともらしい言い方で語っていた。


「そういうことだから、ヒバナも来なきゃダメだよ」


まるで諭すように言うカゲツは、いつもの喚くだけとは違う態度だ。


おそらくは彼なりに頭を使ってみたのだろう。


それでもわがままであることに変わりはないが、これにはさすがのヒバナも折れるしかないと、大きくため息をついていた。


「わかったよ、アタシも行く。だけど、スクラッチたちが機嫌悪くなっても責任は取らねぇからな」


「やった! 悪くなるはずないよ。スクラッチだってプロテックだって、ヒバナが来たら喜ぶに決まってるんだから。ただプロテックのほうはグチグチ言うかもだけど、それがプロテックだからね。そこは大目に見てあげてよ」


「はいはい、わかってる、わかってるよ。ったく、もう晩メシの用意してたってのによ……」


ガラガラ声でブツブツと文句を言うヒバナだったが、なんだかんだいって鏡を出し、化粧をし始めていた。


そして、ボサボサだった自前の金髪を、いつものワンレングスヘアに整えていく。


文句を言いつつもちゃんと着飾るところが、実に彼女らしい。


ギンジュとカゲツが、そんなヒバナのことを微笑ましく見ていると、彼女は急に声を荒げた。


「いつまでこっち見てんだよ! アタシだって出かけるときくらい化粧するっての! ほら、アンタらもさっさと準備しな!」


ムッとしかめっ面をしたヒバナに怒鳴られたギンジュとカゲツは、猫に見つかったネズミのように彼女の前から立ち去ると、それぞれ出かける準備を始めた。


とはいっても、ギンジュには準備など必要ない。


仕事で使う銃火器などはスクラッチに管理してもらっているし、シャワーを終えて着替えているので、いつでも出られる状態だ。


カゲツのほうは何かコソコソと準備しているようで、ギンジュはふたりが終えるまでの時間を持て余してしまっていた。


暇になると考えてしまう。


もしあのとき、カゲツが助けてくれなかったら自分は死んでいた。


手足のしびれや意識混濁こんだくは、アンビシャスの副作用なのか。


今は収まっているが、また使えば同じことが起きるかもしれない。


だがそれでも、再び使わなければならない。


仕事の前、スクラッチはギンジュに、キジハたちを殺した犯人の目星がついたと言っていた。


恩人の無念を晴らすため、仇を討つために、どうしてもアンビシャスの力が必要だ。


犯人は大したことない奴かもしれないが、確実に始末するためにも、もう一度だけ摂取せねば。


「大丈夫、大丈夫だ……。今回だってなんとかなったし」


ギンジュは、ヒバナにもカゲツにも聞こえないように呟いた。


まるで自分に言い聞かせるように小声を発して、根拠こんきょも何もないのに安心しようとした。


それでも冷や汗が出る。


寒くもないのに体温が下がる。


もしまた同じようなことになったらと、考えたくもないのに脳裏に浮かんでしまう。


「カゲツ。なんかしてるみたいだけど、もう出れる?」


「うん! オッケーだよ」


「よし、じゃあ行こっか。って、ちょっとギンジュ!? アンタ、顔が真っ青だよ!」


ヒバナは、血の気の引いたギンジュの顔を見て心配していた。


まるで死人のようだと彼女が言うと、ギンジュはなんとか笑みを作ってみせる。


「ハハハ、腹減りすぎてるせいかな。なんか食えば良くなるだろ」


「そう? まあ、食欲あるなら大丈夫そうだけど」


「それよりも早く行こうぜ。空腹で倒れちまいそうだ」

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