39

パーティーは続く。


ギンジュに絡むカゲツとプロテックの騒ぐ声は鳴りやまない。


店長や店員も一緒になって飲み、カゲツは肩の傷などお構いなしに、狭い店内で得意のダンスを披露し始めていた。


プロテックもそんなカゲツに負けじと、腰をひねらせて一緒になって踊っている。


ふたりが踊り出すとさらに盛り上がり、ギンジュはアルコールが入っているのもあって、スクラッチから訊こうとしていた話のことを忘れてしまっていた


そんな空気の中で、ヒバナがカウンターに寄りかかるようにしてアルコールを飲んでいる。


すでにかなり飲んでいそうだったが、相変わらず酒豪の彼女は顔色ひとつ変えていなかった。


「おまえが来るとは思わなかったな。どういう風の吹き回しだ?」


そんなヒバナに、スクラッチが声をかけた。


スクラッチが近づいて来ると、ヒバナは彼と横並びになるように姿勢を正した。


「ああ、そういえばアンタとこうやって話すのも久しぶりだよね」


気の抜けた声で答えたヒバナを見て、スクラッチは微笑んでいた。


今夜の彼はいつもの無表情がずっと崩れている。


めずらしいこともあるものだ。


いや、意外とプライベートでの彼はこちらが普通なのかもしれないと、ヒバナは思った。


「少し、訊きたいことがあるんだけど」


「うん? どうかしたのか?」


「ギンジュ、上手くやれてるのかなって……。ううん、なんでアンタが手を貸すのを引き受けたのかなって思ってさ」


訊ねられたスクラッチは、静かに答え始めた。


最初に声をかけられたときは驚いたが、正直子供のお守りはごめんだと思った。


当然プロテックのほうは、かなりの拒否反応を出していたらしい。


だが、ギンジュの発言。


カゲツからこの街で信用できるのはあのふたりだけだと言われ、だから頼んでいると聞き、サポートくらいしてやるかといった気持ちで組んだと、スクラッチは、グラスに入った氷を揺らして言う。


「まあ、今じゃ立派に仕切れるヤツになっている。もしあいつが今のギンジュを見たら、さぞかし驚くだろうな」


「カゲツの言葉か……。やっぱアンタ、まだ姉さんのこと好きなんだ」


「なんだ? 毒気がなくなったと思ったら、そんな嫌味を言うようになったのかよ」


スクラッチが皮肉っぽく言い返すと、ふたりは笑い合った。


ヒバナは、俯きながらもスクラッチをからかい返す。


「実際、アンタも丸くなったよね」


「そうか。おまえほどじゃないと思うが。今じゃ、家でガキと男を待つ女だろ」


「言ってろ、おっさん。ずっと女を忘れられない男に言われたくないわ、そんなこと」


キジハが生きていたときは、ヒバナのほうが一方的にスクラッチを嫌っていたのもあって、昔からは考えられない光景だ。


ふたりとも、今はもっと早くこうなれた気がしている。


キジハが生きているときに、こうやって歩み寄れればどれだけよかったか。


あのときああすればよかった、こうしていればよかったと、後悔ばかりが脳裏に浮かぶ。


だからこそ、今あるものは大事にしなければならない。


けして離さぬように。


手からこぼれ落ちないように。


しっかりと抱きしめていなければいけない。


スクラッチは、グラスに入ったカリモーチョを一気に飲み干すと、ヒバナに言う。


「おまえらは街を出ろ」


「なぁに? ギンジュを追い出して、アンタが街を仕切ろうっての?」


「そんなんじゃない。俺が言いたいのは……」


スクラッチは淡々と、まるでヒバナに言い聞かすように話し始めた。


たしかに街は平和になったが、今のような切った張ったの世界にいたらいつ命を落とすかわからない。


何かギンジュには強力な後ろ盾がいるようだが、そいつがいつまでも味方とは限らない。


ここらが潮時だと、それまで顔をそ合わせていなかったスクラッチは、ヒバナのほうを向いて言う。


「キジハの仇のケジメは、俺がキッチリつけといてやる。おまえらはまだ若いんだ。いくらでも道がある。たしか料理が得意だったよな、おまえ? いい機会だから自分の店でも持ったらどうだ? それくらいの蓄えはあるだろう」


ギンジュとカゲツあいつらにウエイターをやらせろっての? 笑える。アンタ、冗談とか言えたんだ」


「本気だ。これ以上はギンジュのヤツが持たねぇ」


「……アンタも知ってたんだ」


ヒバナもスクラッチと視線を合わす。


ふたりは多くは語らないが、ギンジュの状態があまりよくないことは知っている。


しばらく黙ったまま目を合わせていると、ヒバナがフッと鼻で笑った。


不可解そうな顔をしたスクラッチに向かって、彼女は口を開く。


「てっきりアタシらを追い出したいのかと思ったけど、そうでもないみたいね」


「それもある。おまえらみたいな若いのが街で偉そうにしてると、勘違いするヤツが増えそうだからな。ガキのお守は面倒なんだよ」


「あら、ずいぶん正直じゃない。でもまあ、悪くない……かもね。アタシらの店って考え……。カゲツも喜びそうだし。ギンジュはなんて言うかなぁ。アタシが喚けばやってくれそうだけど……」


ヒバナが歯切れの悪い言い方をすると、スクラッチはカウンターテーブルにあったワインの瓶を手に取った。


それから彼は、ワインの瓶をヒバナに向かって突き出す。


「考えておけ。今夜にでも自分たちの将来のことをな。危ない橋を渡る以外の道を、おまえらはもう手に入れているんだ」


いつもの無表情に戻ったスクラッチにそう言われたヒバナは、視線をギンジュとカゲツへと移した。


ふたりとも、プロテックや店員たちと無邪気に騒いでいる。


「そうだね、ふたりに話してみるよ」


そう返事をしたヒバナは、スクラッチが突き出したワインの瓶に自分のグラスを重ねた。

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