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――時間がすぎ、宴もたけなわ


飲んでも食べても、店長と店員が次々と料理とドリンクを運んでくる。


プロテックとカゲツは飲みながら食べながらも踊り狂い、ギンジュも彼らに付き合わされてグッタリとしてしまっていた。


そしてふたりは、今度はスクラッチとヒバナに絡み始める。


「おい、スクラッチ! それにヒバナ! なにふたりでコソコソ話してんだよ!」


「まさか浮気? ダメだよ、ヒバナ! せっかくこないだ上手くいったのにもう浮気だなんて! それじゃギンジュがかわいそうじゃん!」


そんな酔っ払いとエロガキを、冷たくあしらうスクラッチとヒバナに、ふたりはさらにヒートアップし、もっと大声を出していた。


ギンジュがそんな光景を眺めながら笑っていると、着ているフライトジャケットのポケットが震え始める。


それは、中に入れていたスマートフォン。


手に取って画面を見ると、そこにはAISの幹部――神崎かんざき丈三郎じょうさぶろうの名前が映っていた。


神崎の名を確認したギンジュが店から出ようとすると、背中から少年の声が聞こえてくる。


「あれ? ちょっとどこ行くんだよ、ギンジュ! ギンジュはパーティーにいないとダメじゃん!」


「電話だよ、電話。別に黙って帰るわけじゃねぇって。すぐに戻るよ」


「絶対だよ! 5分して来なかったら罰ゲームだからね!」


たかが電話で席を外すだけで、なぜ罰ゲームを受けねばならないのか。


ギンジュは相変わらず勝手な奴だと笑いながら、カゲツに手を振って店を出ていった。


「神崎さん? なんかあった? わりぃんだけど、今立て込んでてさ。あとでこっちからかけ直していいか?」


《時間は取らせないさ。まずはおめでとうと言わせてくれ》


神崎は、ギンジュたちが半グレチームを全滅させたことを知ったようで、彼の功績を称えたくて連絡したようだ。


おめでとうと言った後に、約束の報酬はもう振り込んだと、めずらしく饒舌じょうぜつに話をしている。


ギンジュからすれば、そんなことかといった感じだったが、なんだかんだいっても世話になった神崎に対し、礼を口にした。


アルコールで気持ちが緩んでいたのと、これまでのことに区切りがついたのもあったのだろう。


それに、神崎がけっして油断できる相手ではないとは思っていても、弟のことやキジハ亡き後に支えてくれていたのも事実。


今のギンジュは、これまでの神崎の助力に、素直に感謝したいと思った。


気恥ずかしいのか、ギンジュが言いづらそうに気持ちを伝えると、神崎の声のトーンが上がった。


《礼などいらんさ。コウギョク君のことも、おまえのやっていることも、どちらも私に利益あってのことだ。感謝されるようなことではない》


「こっちは礼を言ってるのに、シラケること言うなよなぁ」


《事実、事実だよ、ギンジュ。そしておまえとの仕事も、これから仕上げに入る》


「そっか。よくわかんねぇけど、またなんかあったら連絡してくれ。あんたからの仕事なら、なるべく受けるようにするからよ」


ギンジュは、やれやれといった様子で電話を切った。


口ではああ言ったが、もう神崎のような人間と関わることはないと、彼は思っている。


そもそもこの国を管理している企業の幹部と、施設出身で犯罪者の自分が一緒に仕事をしていいはずがない。


あまり長く付き合えば向こうの迷惑になる。


結局はアンビシャスの実験体となった自分のデータと、この街から犯罪者予備軍または犯罪者たちを一掃するのが、神崎の目的だったのだ。


電話でも言っていたが、両者の利益が一致するからこそ、協力関係でいられた。


神崎と仕事をするようになってから、強盗などの犯罪はしなくなったが。


それでも、彼に取ってギンジュは犯罪者であることに変わりはない。


さらに過去に仕事を頼まれていたとギンジュが吹聴すれば、嫌な顔をするどころか、最悪の場合は牢屋に入れられるか始末されるかもしれない。


変に煙たがられる前に関係を断つべきだ。


「弟のことに関しては……マジで感謝してたんだけどなぁ……」


乾いた笑みが出る。


神崎は、ギンジュが出会った大人の中で、最初に認めてくれた人間だった。


それは弟コウギョクのことで、ギンジュのことではなかったが、それでも親無しの施設出身の人間を肯定したのは彼だけだった。


そういうこともあり、ギンジュはAISに対してはあまり良い感情はないが、神崎には上手く言葉にできない複雑な感情がある。


しかし、それも弟に能力や才能があったからだ。


神崎からすれば自分は実験体なのだ。


線引きはしっかりしなければと、ギンジュは独りちた。


――20XX年。


日本の経済が破綻したことで、国民のほとんどが路頭に迷うことになった。


政治家たちにこの状況を変える手段はなく、彼らはこれまで貯めてきた財とコネを作って国外へと脱出した。


国を運営する者たちを失ったことで台頭してきたのは、経済戦争を勝ち抜いた企業――AISだった。


AISは崩壊した日本を再生させるために、国民に呼びかけて能力主義を浸透させた。


能力主義が広まったことで、海外に仕事を求めようとしていた若者たちは、自分の実力で生活が変わるのだと国内に留まり、結果、日本は再生した。


だがその影響で、それまであった格差はさらに広がり、生活保護や年金などの弱者を救うシステムは消え去ってしまう。


努力しても結果が出せない者は明日の食事すら取れずに死に、働けなくなった病人や老人は処分された。


そして、日本が完全にAISによって管理されるようになった頃には、金さえ払えばスキルが手に入るスマートドラッグが市場に販売される。


この錠剤を飲むことで、人は簡単にスキルを手に入れられるようになった。


スマートドラッグには主に知識系と肉体系があり、値段が高い物ほど強力な効果が得られる。


そんな手軽にどんなスキルでも手に入るようになった日本だったが、当然スマートドラッグを手に入れられない者もいる。


それは貧困層だ。


彼らは高価なスマートドラッグを買うことができないため、手に入れられるスキルがほとんどなかった。


そのため底辺から這い上がれずに、その者の子も、またその子も、永遠に貧しい運命が待っている。


持たざる者が運命を変えるには、それ相応のものを支払わなければならない。


ギンジュは相応のものを支払った。


リスクを負い、命懸けで金を手に入れ、スマートドラッグの副作用に苦しみながらも、大事なものを守り切った。


あとはキジハの仇からケジメを取るだけだと、パーティーで忘れていたことを思い出していると――。


「なんだ!? 店になにが起きてる!?」


ギンジュたちがパーティーをしていたスペインバルの店から、けたたましい銃声が聞こえてきた。

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