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慌てて店のほうを見ると、窓ガラスの割れた音と共に破壊音が響き渡った。


まさか今夜襲撃したチームの生き残りがいたのかと、ギンジュが店に向かって駆け出すと、そこには全身を武器で固めた集団が一斉に出ていく姿が見えた。


バリスティックヘルメットにタクティカルゴーグルで顔を隠し、モジュラータイプのボディアーマーを身に付けた集団が、プライマリーウェポンのライフルを持って、店の前に走ってきた軍用トラックに乗って去っていく。


あれは半グレではない。


街の荒くれどもが手に入れられる装備にしては強力すぎる。


日本のSWATと呼ばれる特殊急襲部隊のように見えたが、一体なぜ小さなスペインバルの店を襲ったのかと、ギンジュは店内に入って行く。


皆生きているかと、声を張り上げながら半壊した店の中を探し回る。


崩れた壁や天井、テーブルを退かしながら声を出し続けていると、瓦礫がれきの中からスクラッチが身を乗り出した。


「スクラッチさん!? どうなってんだよこれは!? あいつらは誰だ!?」


ギンジュは瓦礫に埋もれていたスクラッチを抱き起す。


スクラッチは呻きながらも撃たれたわけではないようで、ギンジュの質問に答えた。


キジハの仇が店に乗り込んできたと。


意味が分からないギンジュは、ただ立ち尽くしていた。


キジハの仇とは軍人、または警察のような国家権力だったのか。


なぜこのタイミングで襲ってきた。


正体をつかんだスクラッチを狙って来たのかと、次々に頭の中を流れる思考に意識が追いつかなかった。


「あぁあああッ! クソったれ!」


店の奥からプロテックが声を荒げながら立ち上がった。


その声は怒りに満ちており、彼は凄まじい形相のまま、店長や店員に手を貸して起こしていた。


どうやらプロテックがふたりを庇ったようで、スクラッチと同じく彼らにもケガはないようだった。


無事だったのかと、ギンジュが今さらながら安堵あんどしたのも束の間、すぐにカゲツとヒバナの姿がないことに気がつく。


大慌てでテーブルや瓦礫をひっくり返していくが、狭い店内のどこにもふたりはいなかった。


「もしかして……さらわれたのか……?」


思わず心の声が出る。


溢れるように頭の中を駆け巡っていたものが一気に消える。


ギンジュはすぐに襲撃者たちを追いかけようとした。


そんな彼の目の前に、スクラッチが立ちはだかって止める。


「退いてくれよ、スクラッチさん! 早くしねぇとカゲツとヒバナが!」


「落ち着け、ギンジュ。走ってトラックに追いつくと思っているのか。頭を冷やすんだ」


「落ち着いてなんていられるかよ! ふたりが連れてかれたんだぞ!」


ギンジュは焦っていた。


キジハの仇が店を襲ってきた状況など吹き飛んで、カゲツとヒバナが連れ去られたことだけが、頭の中を埋め尽くしていた。


じっとなんてしていられるか。


状況が理解できなくてもこれだけはわかる。


あのふたりは自分の大事な者たちだ。


必ず助けるのだと、ギンジュはスクラッチを退かして強引に飛び出そうとした。


そのとき、プロテックが彼に向かって声を張り上げる。


「バカヤロウ! スクラッチの言いたいことがわからねぇのか! 追いかけるにもアシがいるだろ、アシが!」


プロテックの言葉でようやく我に返ったギンジュに、スクラッチが言う。


「キジハの仇はこの街を管理しているクソ野郎、AISの神崎だ」


――連れ去られたカゲツとヒバナは、手足を拘束され、身動きができない状態にされていた。


襲撃時に頭を打ったのか、カゲツのほうは気を失っている。


ヒバナはなんとか脱出をしようと考えるものの、自由のきかない今の状態では為す術がなかった。


ふたりを運ぶトラックは、スペインバルの店から去った後、街の中心にあるAISの施設へと入っていく。


施設内に入り、状況がわからないヒバナは、意識のないカゲツと共に、ある男の前へと連れて行かれた。


「初めまして、私は神崎。この街の管理を任されている者だ。おまえたちのことはずっと見ていたよ」


スーツ姿のスタイルの良い中年男性――神崎丈三郎が現れ、ヒバナとカゲツを見て微笑んだ。


神崎の部下と思われる武装した連中に、無理やり立たされているふたりの姿を眺め、実に満足そうな顔を向けている。


突然現れたAISの幹部を見て、ヒバナはさらに状況がわからなくなっていた。


たしかに自分たちは犯罪者だが、こんな大物がわざわざ出てくるほどのことをやらかしてはいない。


街の半グレチームの抗争が問題になっていると知って出てきたのか?


いや、あり得ない。


無能どもがいくら殺し合おうと、国を管理する人間からすれば、野良犬たちの共食いと変わらないのだ。


まさかギンジュたちが他のチームを全滅させたことを知って出てきたのか?


それもあり得ない。


だったらギンジュか、またはスクラッチを捕まえるはずだ。


なぜこの男は、自分たちのこと――しかも、ずっと見ていたなど、意味のわからないことを言っている?


「そっちの坊やは眠っているようだな。残念、これから長い付き合いになるのに、初対面で挨拶もできんとは」


「なんなのアンタ!? アタシらみたいなのを連れてきて、一体何を考えているんだよ!?」


声を張り上げたヒバナ。


だが、手足が拘束されている状態で凄んでも、誰も怯えやしない。


無力、圧倒的に無力。


人はたとえ猛獣が相手でも、檻に入っているものを恐れない。


「そうだな。さっきも言ったが、おまえたちとは長い付き合いになる。しっかり説明してやったほうがいいか」


神崎はそう言うと、気を失っているカゲツの顔に、そっと手をそえた。

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