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それから神崎は話を始めた。
自分は、AIS内で上に行くためにある研究をしている。
この掃き溜めのような街では、そのための実験体には事欠かなかったと。
「この研究は、最初はある女から始まった。おまえたちもよく知っている女だ」
「いきなりなに言ってんだよ!? テメェの研究なんて知るか! さっさとアタシとカゲツを解放し――」
「キジハ。そうおまえたちのリーダーだった女、キジハだ」
キジハの名を聞いて、ヒバナは言葉を失った。
なぜここでキジハの名が出てくる?
どうしてAISの幹部に自分の恩人が関っているのだと、ヒバナは入ってきた情報を処理できなくなっていた。
絶句している彼女に、神崎は言葉を続ける。
「彼女は力を欲しがった。この掃き溜めのような街で、せめて自分が好きな人間だけでも守りたいとな。そういう理由からか、あの女は喜んで実験体になったよ」
「姉さんが実験体……? ちょ、ちょっとアンタ、なにを言って……」
「だが、当時の薬は副作用が強くてな。突然もうできないと抜かしてきた。私としては止める理由もなかったのでそのままにしていたが。中毒症状に苦しんだあの女は、海外の粗悪なドラッグで誤魔化していたようだ」
キジハの過去を淡々と語る神崎。
それは、まだキジハがヒバナたちと出会う前の話で、もう何十年も昔のことだと言う。
それだけで話は終わらない。
ヒバナは、次の話に出てきた名前を聞いて、さらに驚かされることになった。
キジハ以降の実験体は、すぐに異常が出てデータを取る前に死ぬか気が狂うかだったそうだが。
神崎がとある施設で気にかけていた人材が亡くなったとき、偶然にも次の実験体が見つかった。
その人物の名は――。
「ギンジュ……。あれにはまったく期待などしていなかったが、思いの外体質が合ったようだ」
これまで何人も壊れた実験体たちとは違い、ギンジュはアンビシャスに適合した。
改良に改良を重ねた結果、ここでようやく最終段階に入ることができた。
今まで我を忘れていたヒバナだったが、ギンジュの名を聞いて意識が戻る。
「最終段階って……?」
「ギンジュから得たデータのおかげで、アンビシャスはすでに誰にでも副作用なく使用できるようになったということだ。これで私の社内での地位も約束された。あとは実用化するために動けばいい」
「だったらギンジュはもう用済みでしょ!? アタシらを使ってあいつをここへ来させようとしてるんだろうけど、もう完成したなら意味ないじゃない!」
「何か勘違いをしていないか?」
「勘違い?」
思わずオウム返しをしたヒバナに、神崎は静かに口を開く。
「おまえたちやギンジュには、まだまだ私のために働いてもらうつもりだ」
神崎がヒバナとカゲツを
彼の狙いは、ギンジュには自分の私兵となってもらい、ヒバナたちには新しくなったアンビシャスの実験体になってもらうというものだった。
これまでギンジュの動向を見ていく中で、どうやら神崎は、ヒバナたち――特にカゲツの身体能力に目を見張るものがあると微笑む。
それから彼は、気を失っているカゲツに触れていた手で、その柔らかい頬を撫でた。
「そんなのゴメンだね! 訳のわからないスマドラを食わされて、アンタのために生きるなんてさ!」
当然そんなことを承諾しないヒバナは、さっさと殺せと喚く。
「だいたいアタシらがアンタの思い通りになるわけないだろ!? そんな話を聞かされた後ならなおさらだよ!」
「おまえたちの意思などどうとでもなる。洗脳なり、ドラッグを使うなり、他人に命令を聞かせる方法などいくらでもあるさ」
「なら今すぐ舌噛んで死んでやるよ! カゲツもギンジュも、アンタの道具になるくらいならアタシと同じことするはずだ!」
ヒバナは、ハッタリではなく本気で舌を噛み切ろうとした。
だが、彼女を無理やり立たせていた神崎の部下に口を押えられ、そのまま猿ぐつわをされてしまう。
拘束された状態で暴れるがそれで何か変えられるはずもなく、ヒバナの口は封じられ、そのままカゲツと一緒にどこかに連れていかれた。
「思いっきりのよい女だ。だが、私がそのくらいのことを考えていなかったと思ったのか? そう簡単に自害などさせんよ」
神崎は、無自覚に独り言を口にしていた。
そして、運ばれていくふたりを眺めながら、笑いが止まらなくなっている。
苦労してAISに入社したと思えば、このような掃き溜めの街の管理を任された。
ここでの出世など考えられないが、それこそ自身の才能とスキルが試される。
「そして、私は勝った……。この街にも、社の連中にも……」
またも神崎は、無自覚に独り言を呟いた。
これまでの努力を労い、自分の力を褒め、ブツブツといかに神崎
口に出さずにはいられない。
神崎はこれから手に入れる。
こんな汚い街を出ていき、世界相手の仕事をし、それらをすべてコントロールするのだ。
「やっと、やっと……フフ、フフフ……。フッハハハハハッ!」
ついに堪え切れなくなった神崎は、誰もいない部屋でひとり大声で笑った。
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