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――フルスモークのワンボックスカーが夜の街を駆ける。


100キロを超え、すでに200キロになろうかと、迷うことなくAISの施設がある中心部へと走っていた。


しばらくすると、数台の警察車両がサイレンを鳴らしながら現れる。


「プロテック、敵さんのお出ましだ。振り切ってみせろ」


「任せろよ! 俺を誰だと思ってんだ!」


プロテックがスクラッチに答えると、ハンドルを回し、路地へと入った。


車1台がやっと入れるような狭い道を、壁に車体を擦りながらもスピードはけして緩めない。


ボディが剥げようが、火花が散ようが関係ない。


追いかけてきていた警察車両は、路地に入るのに失敗し、何台も事故を起こして転がった。


路地を出ればAISの施設まではもう少し。


だが狭い道を抜けると、そこには先ほどスペインバルの店を襲ってきた特殊急襲部隊が待ち構えていた。


警察車両ではない軍用車両が壁のように並び、さらにはアサルトライフルなどで武装した集団がギンジュたちの乗る車にその銃口を向けている。


「スクラッチさん。ここまで来ればあとは俺ひとりで行ける。アンビシャスを使えば突破できるから、アンタとプロテックは逃げてくれ」


ギンジュはワンボックスカーではこの包囲を抜けられないと思い、ふたりに逃げるように言った。


スクラッチは、手足を痙攣させながら声をかけてきたギンジュを見て、彼の胸を叩く。


黙ったままギンジュのことを見つめる。


彼の表情は変わらない。


いつもの無表情だ。


それでもギンジュには、スクラッチが何を言ったのかがわかった。


いいから信用しろと、彼は言いたいのだ。


必ず神崎かんざき丈三郎じょうさぶろうのもとへ行き、ヒバナとカゲツのところへ連れて行ってやる。


だからもうドラッグに頼るな。


ギンジュには、スクラッチがそう思っていると伝わった。


スクラッチは後部座席にあった箱を開けて、そこからあるものを取り出した。


それは、肩撃ち式の対戦車ミサイル発射器――ロケットランチャーだった。


しかも、それはひとつだけではなく、いくつも箱に入っていた。


「どこでこんなもん……?」


「キジハの仇、AISからケジメ取ろうってんだ。全財産突っ込んで手に入れたんだよ」


「スクラッチさん、あんた……。やっぱあの人のこと……」


「ヒバナと同じこと言ってんな。いいから衝撃に備えろ。振り落とされちまっても知らないぞ」


スクラッチはスライドドアを開けて、前に並ぶ特殊急襲部隊へロケットランチャーの照準を定めた。


発射と同時に車内に煙が舞い上がる。


目の前にいた特殊急襲部隊や軍用車両が吹き飛び、プロテックが声を張り上げていた。


包囲に穴が開く。


だが敵の数は減らず、それでも車は減速しない。


時速200キロ近くになる車の中で、スクラッチはロケットランチャーを撃ち続けた。


特殊急襲部隊もアサルトライフルで応戦。


新たに現れた軍用車両からも、無数の弾丸が放たれていた。


「おっほ! まるで戦争だな!」


冷や汗を掻きながらも、プロテックは運転に集中し、恐怖を振り払うようにおどけている。


火の海へと突っ込み、転がる燃えた軍用車両の間を抜けていく。


そしてAISの施設が見え、正面のガラスドアを突き破って建物内へと侵入。


そこからハンドルを離したプロテックは散弾銃を手に取り、スクラッチもロケットランチャーから自動小銃へと得物を変える。


「オラ、ギンジュ! いつまでもボサッとしてんじゃねぇ! テメェも仕事しやがれ!」


「ああ、わかってるよ! まずはヒバナとカゲツだ!」


プロテックに発破をかけられ、ギンジュも散弾銃を手に取ると、3人は施設内を進み始めた。


人影が見えれば発砲し、真っ白な廊下を血の海へと変えていく。


AISの職員や警察、特殊急襲部隊――男も女も関係なく撃ち殺していく。


まるでテロリストだが、今のギンジュにとって他人の命は安かった。


大事な人を奪われ、これまでいい様に操られていたのだ。


感情のある人間ならば怒りに染まってもしょうがない。


ブラッドバス――大虐殺をしていく彼らは、持たざる者たちの悪意を一心に背負っているかのように、施設内にいた者たちの命を奪っていった。


「どこだ! どこにいるんだふたりはぁぁぁッ!」


「前に出すぎだギンジュ! おい、プロテック! あいつを殺させるなよ!」


「ったく、面倒くせぇな! あいつらを見つける前に、テメェが死んじまったらどうすんだよ、バカヤロウが!」


ギンジュは全身を小刻みに揺らしながらも、声を張り上げて探し回った。


敵から撃ち返されても怯むことなく、まるで無人の荒野を進むように。


その危なげな行軍を、スクラッチとプロテックがフォローしている状態だ。


彼らがさらに奥へと侵入していくと、大ホールへと出た。


そこには、特殊急襲部隊を従えたスーツ姿の男――神崎が立っている。


「か、かかか、神崎……カンザキィィィイッ!」


自分を騙し続けていた男を前に、ギンジュは激昂。


散弾銃を向けて引き金を引こうとしたが――。


「もう遊びは終わりだ。これを見たまえ」


神崎は、ヒバナとカゲツをギンジュたちの前に突き出してきた。

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