44

猿ぐつわをされたヒバナと、気を失っているカゲツを見たギンジュは、引き金にかけた指を止める。


それはスクラッチとプロテックも同じで、ふたりを人質に取られた彼らは、歯を食いしばるしかなかった。


ギンジュの鋭い視線を一身に浴びた神崎は、両手を開いて前へと出てくる。


「体調はどうだ? こないだのデータから見るに、おそらくもう体のほうは限界だろう。あまり無理をしないでもらいたいものだな」


「あん? なに言ってんだよ。俺もテメェから見ればゴミだろうが。それとも、まだ良い人の芝居を続けてんのか。もうとっくにバレてんだよ」


「芝居など最初からしていたつもりはないが。まあ、そう思われてもしょうがない」


神崎は、そう言いながら肩を揺らした。


こみ上げてくる笑いをどうしても抑えられないといった様子で、ギンジュに言葉を続ける。


「ひとつ言っておこうか。おまえはゴミじゃない、道具だ。そこの生ゴミどもと違ってな。これからもまだまだ私のために働いてもらうぞ」


神崎はまるでオーケストラの指揮者のように両手を広げ、話を始めた。


これからAISは世界を相手に商売をする。


新種のスマートドラッグ――改良したアンビシャスを使ってだ。


何の才能もスキルもない者が、摂取するだけで超人になる薬だ。


しかも副作用もないため、世界中の国家がこれを欲しがり、そしてこれまでのドローンに頼った戦争も塗り替えるだろう。


「まさに歴史に残る偉業だとは思わないか。長かったが、私はついにやり遂げた。これまでの苦労も、ようやく報われる。人類史に名を残す者となるのだ」


「聞きたくもねぇことを勝手に語ってんじゃねぇよ。テメェは簡単には殺さねぇ。テメェが残すのは、せいぜい命乞いの言葉だけだ」


「私を殺す? この状況でよくそんなことを言えるな。まさかアンビシャスを使うつもりか? やめておけ。データからいってもう限界――ッ!?」


神崎が言葉を言い切る前に、ギンジュは武装した兵隊からヒバナとカゲツを取り戻した。


敵が長々と自分語りをしている間に、彼はすでにアンビシャスを飲み込んでいたのだ。


そのときに、ついでとばかりに神崎の右腕をへし折ったのか。


神崎は腕を擦りながら苦悶の表情で床でのたうち回っている。


「今はこれが精一杯だが、テメェはいずれ必ず殺す」


「ぐぅぅぅッ……。何している!? 早く道具を回収しろ! 生きてさえいれば五体満足でなくとも構わん!」


目にも止まらぬ速さでふたりを奪い返したギンジュは、スクラッチとプロテックに声をかけ、車のあるところまで戻るように叫んだ。


その声を聞き、スクラッチは持ってきていた最後のロケットランチャーを発射し、プロテックが散弾銃で弾幕を張る。


爆発が大ホールを埋め尽くし、そこら中から悲鳴が聞こえ始めていた。


それからふたりは追って来る敵に応戦しながらも、先に車へと戻っていくギンジュの後を追った。


――アンビシャスで身体能力が強化された足で、あっという間にワンボックスカーへと戻ったとき。


ギンジュは担いでいたヒバナとカゲツをゆっくりと後部座席に乗せると、突然全身の震えが止まらなくなった。


さらに鼻血だけではなく、両目と耳からも血がダラダラと流れ出している。


目の焦点も合わない。


もう真っ直ぐ歩くことすら厳しい状態だ。


神崎の言った通り、ギンジュの体はもうアンビシャスに耐えられなくなっていた。


だがヒバナとカゲツを見下ろしながら、彼は思う。


ふたりを取り返せてよかったと。


「うぅ……。あれ、ギンジュ? ギンジュッ!?」


カゲツが意識を取り戻し、痙攣して血を流しているギンジュに駆け寄った。


手足の拘束はまだ外されていなかったため、まるで芋虫のような動きで彼の体に収まる。


その傍では先にギンジュの異変に気がついていたヒバナが、猿ぐつわをつけたまま叫んでいた。


早くこれを外せと言っているのがわかる顔で、陸に打ち上げられた魚のようにピチピチと暴れている。


ギンジュは今さらながらそんなふたりに気がついて、震える手でなんとか拘束を外した。


「ふたりとも……よかったぁ……。俺はまた大事な人を……失う、とこ……」


「ギンジュ、ギンジュ! わかる!? ボクだよ、カゲツだよ!」


「アンタまたムチャなことして!」


意識が混濁こんだくしているギンジュにふたりが声をかけ続けていると、車の周りに神崎の部下たちが集まってきていた。


ヒバナは後部座席にあった短機関銃を手に取り、慌てて敵に応戦。


一方でカゲツはギンジュにすがりついていた。


カゲツが今にも泣き喚きそうな顔で、ただひたすら叫んでいる。


それでも敵の攻撃は止んではくれない。


むしろ一層、攻撃が激しくなっていた。


そこへスクラッチとプロテックが戻ってくる。


ふたりがワンボックスカーの周囲にいた敵を蹴散らすと、走ってきたプロテックは慌てて車に乗り込んできた。


「よし、これで全員だな。さっさとズラかるぜ。って、おいスクラッチ!? なにしてんだよ! 早く車に乗れって!」


プロテックが叫ぶと、スクラッチはワンボックスカーに乗り込んだが、車内にあった荷物を手に取ると、すぐに降りてしまった。


それから彼はギンジュたちに背を向けて、激しい銃撃の中、これまで聞かせたこともない穏やかな声を出した。


「道は俺が作る。おまえらはその間に脱出しろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る