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そう言ったスクラッチの手には、荷物から出した束になった手榴弾が持たれていた。
彼はその手榴弾の束を、上着でも羽織るように体に巻き付けると、周囲を囲んでいる神崎の兵隊らのほうへ走り出す。
「バカ、止めろスクラッチ!? アンタが死んだら俺はどうすりゃいいんだよ!」
プロテックが運転席から身を乗り出して叫んだが、スクラッチは止まらない。
無数の弾丸を浴びながらも、固まっている敵の集団へ手榴弾を次々に放っていく。
施設内の爆発とともに衝撃がすべて覆い尽くす。
周りが見えないほど煙が埋め尽くし、それが晴れるともう敵と一緒にスクラッチの姿はもうなかった。
バラバラになった兵隊たちの死体だけが見え、爆発の中心にいた彼の体は
プロテックが泣き叫び、ヒバナとカゲツも涙を流して、その光景に言葉を失う。
「スク……スクラ……スクラッチさん……?」
ギンジュは意識が戻ったのか。
まだギンジュにすがりついているカゲツを退かして、ヒバナが泣きながら言う。
「しっかりしてギンジュ! お願い……」
ヒバナはギンジュの顔に両手をやり、自分のほうへと向けた。
そして、震えるその体を抱きしめる。
それからヒバナは、焦点の合わない目をしたギンジュの唇に、そっと口づけをした。
こんなときに何をしているんだと、プロテックはスクラッチの死もあって運転席で固まっていた。
それはカゲツも同じで、仲間の死とヒバナの大胆な行動に、理解が追いつかないといった様子だった。
だが不思議なことに、ギンジュの体の震えが止まり、目に色が戻った。
ギンジュは、目の前にいるヒバナだけを見ている。
「ああ、ヒバナ……」
「ギンジュ……やっと目が覚めたの? ったく、アンタってヤツは本当に面倒なんだから」
ギンジュの顔に笑みが浮かぶ。
ヒバナは、そんな彼に涙を流しながらも笑顔を返し、いつもの憎まれ口を叩いた。
「キジハ姉さんから止めろって言われてたのに、アンタはずっとドラッグやってた……。本当にバカ……。どうしてなの、どうして止めなかったの……。さっきだってもう限界だってわかっててどうして……」
「それ以外に大事な人を守る方法が思いつかなかったんだ……。コウギョクも、キジハさんも守れなかった無能な俺には、ドラッグをやるしかなかったんだよ……」
穏やかな笑みを浮かべたまま、ギンジュはヒバナの問いに答えた。
そこには後悔などひとつもない。
何かを成し遂げた者だけが見せる、満足し切った顔があった。
「アンタだって、アタシたちからすれば大事な人なんだよ……。それなのにこんな無理したら……」
「俺のことなんていいんだ。ヒバナたちが笑ってくれるなら、他に何もいならない」
ギンジュは、ヒバナの言葉を遮って返事をした。
弟コウギョクが死んで自暴自棄になっていたとき。
拾ってくれて、居場所をくれて、たくさんのことを教えてくれて、嬉しかった。
何もない自分が、ここまでやれただけで上出来だ。
「俺は生き返ったんだ……。キジハさんに拾われて……。ヒバナたちのおかげで、また人間に戻れたんだよ」
泣いているヒバナを慰めるように。
ギンジュが彼女にそう言った瞬間、再び銃声が響き始める。
「クソッ!? まだ生きてるヤツがいんのかよ!」
プロテックはハンドルを握り、車を発進させようとしたが、飛んできた弾丸がフロントガラスを突き破ってきた。
弾丸をもろに浴びた彼は、上半身から血を噴き出しながら動かなくなる。
「プロテック!? ねえプロテック! 返事をしてよ!」
カゲツがプロテックに駆け寄り、運転席から後部座席へと運んだ。
幸い、まだ息はあったが、早く医者に診せないと危ない状況だ。
「カゲツ! アンタは運転をお願い! 急がないとヤバいからね!」
「えッ!? ヒバナはどうするんだよ!?」
ヒバナは短機関銃を手にして車から飛び降り、弾が飛んでくるほうを撃ち続けた。
返事もせずに姿の見えない敵へと向かっていった彼女を、カゲツは慌てて追いかけようとしたが、手をグイッと引っ張られる。
「カゲツ、頼みがある」
カゲツの手を引っ張ったのは、ギンジュだった。
ギンジュはカゲツの手を引っ張って自分に寄せると、抱きながら耳元で何か呟いた。
カゲツはギンジュに抱きしめられながら、彼の胸で泣いていた。
これまで何があっても動じなかったはずの少年は、傷ついた仲間やその死を前にして、年相応の姿になっている。
「おまえにはずっと頼りっぱなしだったな。キジハさんが死んだときも、本当は誰よりも辛かったのはおまえだったのにさ。……ありがとう」
そう言ったギンジュはカゲツから体を離し、車から降りる。
「ヒバナ……。もういいよ、あいつの相手は俺がする……。俺じゃなきゃダメなんだ」
「なに言ってんだよアンタは! それにあいつって――ッ!?」
ヒバナと並んだギンジュは、突然彼女を放り投げた。
破損していたバックドアへと放り、ヒバナを強引にワンボックスカーへと乗せた。
ギンジュが何を考えているのかわからないヒバナだったが、すぐに車から飛び降りようとした。
ともかく今の状態のギンジュを戦わせられないと、彼女は体を起こす。
だがワンボックスカーは急発進し、ヒバナはその揺れで倒されてしまった。
走り去っていく車を一瞥し、ギンジュは自分に向かってくる相手のほうへ視線を移した。
「よくもやってくれたな。おまえはもう道具ではない。ゴミに成り下がった。これから廃棄処分してやる」
向かってきた相手は神崎だった。
神崎は、先ほど折られた右腕を揺らしながら、鬼の形相でギンジュを睨みつける。
「勝手に言ってろ、クソ野郎」
神崎に笑ってみせるギンジュ。
その手にはピルケースがあり、彼は残っていたスマートドラッグ――アンビシャスをすべて口の中に放り込んだ。
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