45

そう言ったスクラッチの手には、荷物から出した束になった手榴弾が持たれていた。


彼はその手榴弾の束を、上着でも羽織るように体に巻き付けると、周囲を囲んでいる神崎の兵隊らのほうへ走り出す。


「バカ、止めろスクラッチ!? アンタが死んだら俺はどうすりゃいいんだよ!」


プロテックが運転席から身を乗り出して叫んだが、スクラッチは止まらない。


無数の弾丸を浴びながらも、固まっている敵の集団へ手榴弾を次々に放っていく。


施設内の爆発とともに衝撃がすべて覆い尽くす。


周りが見えないほど煙が埋め尽くし、それが晴れるともう敵と一緒にスクラッチの姿はもうなかった。


バラバラになった兵隊たちの死体だけが見え、爆発の中心にいた彼の体はちりになってしまったのだろう。


プロテックが泣き叫び、ヒバナとカゲツも涙を流して、その光景に言葉を失う。


「スク……スクラ……スクラッチさん……?」


ギンジュは意識が戻ったのか。


ささやくようにスクラッチの名を口にした。


まだギンジュにすがりついているカゲツを退かして、ヒバナが泣きながら言う。


「しっかりしてギンジュ! お願い……」


ヒバナはギンジュの顔に両手をやり、自分のほうへと向けた。


そして、震えるその体を抱きしめる。


それからヒバナは、焦点の合わない目をしたギンジュの唇に、そっと口づけをした。


こんなときに何をしているんだと、プロテックはスクラッチの死もあって運転席で固まっていた。


それはカゲツも同じで、仲間の死とヒバナの大胆な行動に、理解が追いつかないといった様子だった。


だが不思議なことに、ギンジュの体の震えが止まり、目に色が戻った。


ギンジュは、目の前にいるヒバナだけを見ている。


「ああ、ヒバナ……」


「ギンジュ……やっと目が覚めたの? ったく、アンタってヤツは本当に面倒なんだから」


ギンジュの顔に笑みが浮かぶ。


ヒバナは、そんな彼に涙を流しながらも笑顔を返し、いつもの憎まれ口を叩いた。


「キジハ姉さんから止めろって言われてたのに、アンタはずっとドラッグやってた……。本当にバカ……。どうしてなの、どうして止めなかったの……。さっきだってもう限界だってわかっててどうして……」


「それ以外に大事な人を守る方法が思いつかなかったんだ……。コウギョクも、キジハさんも守れなかった無能な俺には、ドラッグをやるしかなかったんだよ……」


穏やかな笑みを浮かべたまま、ギンジュはヒバナの問いに答えた。


そこには後悔などひとつもない。


何かを成し遂げた者だけが見せる、満足し切った顔があった。


「アンタだって、アタシたちからすれば大事な人なんだよ……。それなのにこんな無理したら……」


「俺のことなんていいんだ。ヒバナたちが笑ってくれるなら、他に何もいならない」


ギンジュは、ヒバナの言葉を遮って返事をした。


弟コウギョクが死んで自暴自棄になっていたとき。


拾ってくれて、居場所をくれて、たくさんのことを教えてくれて、嬉しかった。


何もない自分が、ここまでやれただけで上出来だ。


「俺は生き返ったんだ……。キジハさんに拾われて……。ヒバナたちのおかげで、また人間に戻れたんだよ」


泣いているヒバナを慰めるように。


ギンジュが彼女にそう言った瞬間、再び銃声が響き始める。


「クソッ!? まだ生きてるヤツがいんのかよ!」


プロテックはハンドルを握り、車を発進させようとしたが、飛んできた弾丸がフロントガラスを突き破ってきた。


弾丸をもろに浴びた彼は、上半身から血を噴き出しながら動かなくなる。


「プロテック!? ねえプロテック! 返事をしてよ!」


カゲツがプロテックに駆け寄り、運転席から後部座席へと運んだ。


幸い、まだ息はあったが、早く医者に診せないと危ない状況だ。


「カゲツ! アンタは運転をお願い! 急がないとヤバいからね!」


「えッ!? ヒバナはどうするんだよ!?」


ヒバナは短機関銃を手にして車から飛び降り、弾が飛んでくるほうを撃ち続けた。


返事もせずに姿の見えない敵へと向かっていった彼女を、カゲツは慌てて追いかけようとしたが、手をグイッと引っ張られる。


「カゲツ、頼みがある」


カゲツの手を引っ張ったのは、ギンジュだった。


ギンジュはカゲツの手を引っ張って自分に寄せると、抱きながら耳元で何か呟いた。


カゲツはギンジュに抱きしめられながら、彼の胸で泣いていた。


これまで何があっても動じなかったはずの少年は、傷ついた仲間やその死を前にして、年相応の姿になっている。


「おまえにはずっと頼りっぱなしだったな。キジハさんが死んだときも、本当は誰よりも辛かったのはおまえだったのにさ。……ありがとう」


そう言ったギンジュはカゲツから体を離し、車から降りる。


痙攣けいれんする体を無理矢理に抑え込みながら、ヒバナのもとへと歩いていく。


「ヒバナ……。もういいよ、あいつの相手は俺がする……。俺じゃなきゃダメなんだ」


「なに言ってんだよアンタは! それにあいつって――ッ!?」


ヒバナと並んだギンジュは、突然彼女を放り投げた。


破損していたバックドアへと放り、ヒバナを強引にワンボックスカーへと乗せた。


ギンジュが何を考えているのかわからないヒバナだったが、すぐに車から飛び降りようとした。


ともかく今の状態のギンジュを戦わせられないと、彼女は体を起こす。


だがワンボックスカーは急発進し、ヒバナはその揺れで倒されてしまった。


走り去っていく車を一瞥し、ギンジュは自分に向かってくる相手のほうへ視線を移した。


「よくもやってくれたな。おまえはもう道具ではない。ゴミに成り下がった。これから廃棄処分してやる」


向かってきた相手は神崎だった。


神崎は、先ほど折られた右腕を揺らしながら、鬼の形相でギンジュを睨みつける。


「勝手に言ってろ、クソ野郎」


神崎に笑ってみせるギンジュ。


その手にはピルケースがあり、彼は残っていたスマートドラッグ――アンビシャスをすべて口の中に放り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る