27

――深夜を走る真っ黒なワンボックスカー。


フルスモークのその違法車の後部座席には、長髪の男と髪に赤いメッシュが入った黒髪の男がいた。


彼らと向かい合って座っているのは、褐色肌の少年と目の周りにくまがあるレザージャケットを着た男――カゲツとギンジュだ。


「怖いのぉ、プロテック?」


「んなわけねぇだろカゲツ! こ、こりゃ、武者震いってヤツだよ!」


褐色肌の少年カゲツが、身を震わせていた長髪の青年――プロテックをからかうように声をかけると、赤いメッシュの男――スクラッチが会話に入ってくる。


「おい、もうすぐ到着するぞ。じゃれ合うのはその後にしろ」


スクラッチがそう言うと、レザージャケットの男のほうを見た。


カゲツのようにリラックスしているわけでもなく、プロテックのように緊張しているわけでもない、実に落ち着いた様子の男の姿に、スクラッチは笑みを浮かべる。


「落ち着いてるな、ギンジュ。ちょっと前とはまるで別人だ」


声をかけられたギンジュは、彼を無視して運転席に座っているツーブロックの男のほうへ視線を動かした。


ハンドルを握る若い男は、プロテック以上にガタガタと震えており、ギンジュはそんな彼に声をかける。


「ワイルドだったっけ。到着したら勝手に動くなよ。ヤバくなったらすぐに逃げりゃいい」


「えッ!? そりゃないっすよ、ギンジュさん! こう見えてもオレ、これまで何度も修羅場を潜り抜けて来たんすから!」


声をかけられたワイルドは、慌てて自分も戦えることを主張した。


だが、ギンジュは何も答えない。


じっとバックミラーごしに、彼と目を合わせているだけだ。


何か言ってもらいたかったワイルドが振り返ろうとすると、プロテックが怒鳴り始める。


「おい、ちゃんと前見て運転しろワイルド! それとビビッてるくせに口答えしてんじゃねぇ! テメェは大人しく言うこと聞いてりゃいいんだよ!」


プロテックがかなりの早口でワイルドに釘を刺すと、カゲツが座席で体を伸ばしながらヘラヘラと笑った。


「怖がってるのはプロテックもでしょ。まったく、相変わらず新人の子に当たりがキツイんだから」


「怖がってねぇって言っただろうが! ふざけたこと言ってっとテメェからバラすぞガキ!」


「はいはい、もう言いませんよ。でもさぁ。さっきと今の言い方はやめたほうがいいと思うよ。なんか小物に見えるし」


「誰が小物だ!」


カゲツの言い方が気に入らなかったのか、プロテックがムキになって声を荒げた。


それでもカゲツのほうは特に気にせずに、笑みを浮かべながら彼に応えている。


友人に忠告しているといった感じだ。


そんな車内の喧騒に、うんざりしたスクラッチがまたふたりを止めようとすると、ワンボックスカーは目的地に到着した。


そこは、街外れにある数年前に廃墟となったホテルだった。


ギンジュが誰よりも先に車を降りると、彼の後に皆が続く。


全員、その手には散弾銃や短機関銃が持たれている。


「なんでこの街のチームって、みんな廃墟をアジトにすんだろうな」


朽ち果てた建物を眺め、今にも崩れ落ちそうな英字の看板を見上げながらギンジュが呟いた。


彼の横に並んで立っていたスクラッチが、それに呆れながら答える。


「おまえたちも廃工場をアジトにしてただろう。意味なんてない、ただたまり場にはちょうどいいというだけなんじゃないか」


「そっか……」


ふたりは言葉を交わすと、壊れた扉へと歩を進めた。


すると、ギンジュの後ろに停まったワンボックスカーからワイルドの声が聞こえてくる。


「ちょっと!? 正面から行くんすか!? こういうのって裏口から気付かれないように入るんじゃ!」


慌てて車から降りたワイルドの手には、ギンジュたちと同じく散弾銃が持たれていた。


おそらく用意するのに戸惑ったのだろう。


運転手をやっていたからしょうがないが、それにしても場馴れしてない感じが見てとれた。


彼の問いにギンジュは答えず、代わりにスクラッチが答える。


「どっちから行っても同じだ。だったら早く着くほうがいい」


「どっちも同じって……。スクラッチさん! あんたわかってんのか!? こっちは5人しかいねぇんだよ!? 向こうは20人はいるって話だ! ここは連中の隙を突くとか、ともかく考えなしで行ったら死んじまうって!」


無策で突入することが無謀だと、必死に訴えかけるワイルド。


ギンジュはそんなツーブロックの男を見て、「なんでこいつはワイルドなんて名乗ってんだ?」と、不可解そうな顔をする。


夜の廃墟ホテル前で、ワイルドの喚き声が響き、プロテックが慌てて彼を黙らせた。


こんなところで騒いだらこれから襲撃しますと教えているようなものだと、ワイルドの口を塞いで、持っていたショットガンの銃床じゅうしょうで小突く。


「何度も修羅場を潜り抜けて来たんじゃねぇのかよ、あん? いいから言う通りにしてろ」


そう言いながらも、プロテックは冷や汗を掻いていた。


ギンジュはそんな彼を見て微笑むと、静かに言う。


「よし、じゃあ行こうか。もう気付かれてるかもしれないけど。この面子ならなんとかなるだろ」

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