26

――廃工場に裏に車を停め、アジトへと入って行くキジハ。


意気揚々と歩を進める彼女とは対照的に、ギンジュの足取りは重い。


彼はとてもこれからパーティーが始まるとは思えない表情で、ゾンビのような速度でキジハの後に続いていた。


それもしょうがない。


ギンジュにとっては、今夜のパーティーは始まりではなく、終わりなのだ。


車内での話を、キジハが誰かに話している可能性はあるのか。


もしかしたら、古株であるカゲツやヒバナは知っていたのかもしれない。


それならば、言ってくれてもよかっただろう。


毎日顔を合わせているのだから、話してくれてもいいだろう。


どうしてふたりは黙っていたのか。


いや、ふたりも知らなかったんじゃないか。


カゲツもヒバナも、キジハのことは慕いつつも自分の主張は伝えるタイプだ。


仕事を引退すると言うキジハを止めないはずがない。


「そうだよ……。みんなで、止めれば……」


ギンジュは自分でも気がつかないまま、心の声を漏らしていた。


だがその考えはできないことだと、すぐに顔をしかめる。


キジハを止めるということは、彼女に注射薬物インジェクション·ドラッグを続けろということと同義だ。


彼女はずっと無理していた。


たしかに、キジハの身体能力や頭の回転の速さは元々のものだと思うが、彼女はそれ以上を求めたのだ。


今なら薬物依存症の治療を受ければ、頭がまともなうちに止められると、キジハは言っていた。


しかし、バランスよくドラッグを摂取し続けることなどできるのだろうか。


ギンジュは施設を出た頃から、注射薬物インジェクション·ドラッグよりも中毒性の弱い合法の薬であるスマートドラッグの依存症になった人間を何人も見た。


それらは貧困層が買える安物だったが、薬物依存症のなれの果ては、他人を傷つけ、心はドラッグに、そして簡単に手に入る能力やスキルに支配される。


楽して手に入れたものは大事にできない。


それは、以前にキジハが言っていたことだが、それがまさか彼女自身のことだったとは、ギンジュは思ってもみなかった。


ひょっとしたら、キジハはもうかなり酷い状態なのではないか。


身近で見たスマートドラッグ中毒者の姿と、キジハの言葉がゴチャゴチャになって頭の中を回っている。


「おい、ギンジュ」


ギンジュが頭を抱えていると、前を歩いていたキジハが足を止めて声をかけてきた。


彼女は何を思ったのか、突然着ているレザージャケットを脱いでギンジュへと投げ渡した。


そして、携帯用の注射器ケースから中身を出し、注射器をくわえながら髪を束ねる。


一体何をしているんだとギンジュが前に出ると、そこには仲間たちの無惨な姿があった。


全員血塗れで銃で撃たれたのか、中には体の一部や頭が欠損している者もいる。


「な、なんだよこれ……? なんでみんな……?」


「騒ぐなよ」


キジハはギンジュに大声を出さないように言うと、くわえた注射器を自分の腕に打った。


それから彼女は、スマートフォンを取り出して操作すると、次に拳銃を手にする。


ギンジュは状況が理解できないままだったが、キジハの言う通りに黙っていた。


だが、冷静でなどいられない。


その身を震わせながら、キジハが投げ渡してきたレザージャケットを抱きしめている。


「キ、キジハさん、これは一体!?」


「どうやらパーティーに招かざる客が来たようだ。AISに雇われた傭兵か、それともどっかのチームか、敵が多すぎてわかんないや、ハハハ」


キジハはドラッグを打った影響か、まるで他人事のように笑ってみせた。


一方でギンジュには彼女の態度が理解できない。


なぜ自分にレザージャケットを渡してきたのかも、仲間たちの死体を前に、彼女が笑っている理由もだ。


「アンタ、ずっと欲しがってただろ。やるよ、そのジャケット」


「はぁ!? こんなときになに言ってんだよ!? 敵が来てんなら早く逃げなきゃ!」


ギンジュは急に取り乱して、キジハに声をかけた。


誰が来てこんなことをしたのかはわからないが、今はともかくこの場から去らねばと、必死に訴える。


そんな彼にキジハは、薄ら笑いを浮かべながら振り返る。


「わたしは逃げない。こいつらが受けた借りを返さないといけないからね」


笑って言ったキジハの両目からは涙がこぼれていた。


彼女自身が自分でもよく状況がわかっていないように見えたギンジュは、慌てて先ほど渡されたピルケースを出して言う。


「わ、わかった、俺も一緒にやるよ。みんな仲間だもんな。アンビシャスさえあれば、俺だって――」


「外にヒバナとカゲツが来てる。アンタはさっさと逃げな」


「はあ!? 逃げるかよ! キジハさんが逃げないんなら俺も逃げない! 弟に、コウギョクに誓ったんだよ! また大事なもん失うくらいなら死んだほうがマシだ!」


ギンジュが声を張り上げると、キジハは彼の手を優しく掴んだ。


彼女は涙を流しながらも微笑む。


そっと自分の額をギンジュの額に当てる。


「アンタが死んだら誰がヒバナとカゲツを守るんだよ? 大丈夫だ……アンタにはまだ大事なものがある」


「なんでだ……? なんだよ、キジハさん……。アンタもみんなも、俺にとって……」


「ふたりのことを頼む」


キジハが優しく呟いた瞬間、ふたりの前に侵入者たちが現れた。


フルフェイスのヘルメットに防弾装備を身につけ、手には短機関銃が持たれている。


「……幸せになれよ」


キジハの声がした後、銃声が廃工場に響き渡る。


突然、突き飛ばされたギンジュは、振り返ることなくその場から駆け出した。


呼吸が酷く乱れ、心臓が痛み出したが、速度を緩めることなくただ必死に走ってキジハを残して逃げていく。


「うわぁぁあ……うわぁぁぁッ!」


傷ついた獣が吠えるように、ギンジュは泣きながら叫んでいた。


後ろからは銃声と悲鳴が聞こえ、それをかき消すように声を大きくしていった。

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