25

――いつも以上に簡単な仕事だった。


貿易会社やAIS関連の企業から奪った物資を、海外のブローカーに渡して金に換えるのが今回の仕事内容だった。


これで数年は何もせずに暮らせる上に、キジハがやっている貧困層への金配りも毎月まとまった額を渡せるはず――そうなる予定だった。


慣れ親しんだ港で金を受け取り、取引きの材料を渡した。


後は普段通りにアジトに戻って、皆でパーティーをするはずだったのだ――。


「ヒバナ、全員に伝えろ。これからアジトで今までで一番豪華なパーティーをやるぞ」


車を運転するギンジュの横で、キジハがヒバナに電話で指示を出していた。


ブローカーとの取引きが終わり、見張りをしていた仲間たちを先に帰し、彼女とカゲツにパーティーの準備をさせようとしていた。


キジハはヒバナに料理を作るように言い、彼女と移動しているカゲツにはそれを手伝うようにと、言葉を付け足した。


そして、他の仲間たちにアルコールを用意するように伝えると、キジハは電話を切って助手席で、その長身の体を伸ばす。


これまででもっとも大きな仕事を終えて、肩の力が抜けたのか。


キジハはアルコールも入っていないのに、ずいぶんと緩んだ表情になっていた。


古い右目の傷を擦りながら彼女は、しみじみとした様子で窓の外を見ている。


「やっと、やっとだよ」


「なにがだよ?」


ギンジュがハンドルを握りながら訊ねると、キジハは「ハハ」と鼻で笑いながら答えた。


ようやく目処めどがついた。


もう仕事を引退して、囲っている女子供たちと静かに暮らすのだと、キジハはまるで他人事のように口にした。


当然、そんな話を聞いていなかったギンジュは慌てて急ブレーキをし、車を停めて声を張り上げる。


「なんの冗談だよ!? あんたがいなかったらチームがバラバラになっちまうだろ!?」


ふざけているように見えなかったのもあって、ギンジュは説得するように話し続けた。


これまで、キジハの指示があったからこそ上手くいっていた。


キジハに憧れてチームに入った連中は多く、前からいる仲間たちも皆彼女を慕っているからこそ命を懸けられる。


もしキジハがいなくなり、誰か新しい人間がリーダーになってもすぐにチームは崩壊してしまうと、浮かぶ言葉をともかく口にして引き留めようとした。


だが、キジハの意志は固かった。


彼女は、いい機会だからチームを解散しようとまで言い出していた。


いきなりそんな話をされても納得できないギンジュは、どうしてそんなことを言うのだと、声を荒げると、キジハはゆっくりと彼のほうを見た。


「アンタと出会う前から決めてたんだ。まとまった金が入ったら辞めるって」


顔を強張らせているギンジュに、キジハは淡々と話し始めた。


引退は以前から考えていたことだと。


だからこそ金塊強盗――ギンジュを仲間に入れた以降は、より稼げる仕事をしていたのだと。


それは、今のような生活がずっと続けられないからだと、彼女は言う。


「犯罪者の末路は決まっている。AISの連中はそこまで甘くないよ。そろそろ潮時なんだ」


「そんなことねぇだろ!? あんたがいればやれるって! 俺もヒバナもカゲツもみんな、みんなみんなみんな! いくらでも体張れるって!」


身を乗り出したギンジュを制止するように、キジハはピルケースを彼に突きつけた。


それは以前にギンジュから彼女が奪ったスマートドラッグ――アンビシャスの入ったケースだった。


「これ、返しとくよ。今のアンタなら大丈夫だ。どっかで金にでも換えな」


「いらねぇよこんなもん!」


「いいからもらっとけ」


キジハは無理やりにギンジュにピルケースを渡すと、彼を見つめて口を開く。


「他の連中の今後のことは考えてるよ。実は警備会社をすでに立ち上げてるんだ。贅沢はできないと思うが、まあ食っていくだけなら十分稼げる」


「ならキジハさんがその会社を仕切ればいいだろ!?」


「わたしじゃ無理なんだよ。ほら、見てみな」


キジハはそう言うと、着ているレザージャケットの袖をめくった。


その手首には、凄まじい数の注射痕があり、ギンジュは彼女が何を言いたいのかを悟る。


キジハはずっとドラッグをやっていたのだ。


それもかなり強力なやつ。


おそらくは身体強化系の薬で、注射で摂取するドラッグはスマートドラッグとは違い、強力な効果を得られるが、その分の反動が大きい。


もしかしたら中毒者かもしれない。


「今ならまだ頭がイカれる前に止められる。もう終わりなんだよ、わたしは……」


「そ、そんな……。ずっと無理してたのかよ……? みんなを食わすために……あんたはずっとドラッグをやってたのか!?」


ギンジュは狼狽えて叫ぶと、キジハはジャケットの裾を戻して助手席に背中を預ける。


「わたしは凄い人間じゃないからね。ただの強がりのヤク中さ。でもまあ、いい機会だ。アンタはヒバナとふたりで暮らしな。カゲツのほうはわたしの世話でもさせるよ。今まで散々わがまま聞いてきたからね。それくらいさせてもいいだろう」


「ぐぅぅぅ……うぅ、うぅぅぅぅッ!」


ギンジュはもう何も言うことができなかった。


ただ呻くだけで言葉が出ない。


今ならわかる。


なぜキジハが自分からアンビシャスを取り上げたのか。


どうして強力なドラッグを使っていたことに激怒したのか。


それは、ギンジュが自分のように薬なしではまともに動けなくなってほしくなかったからだと。


「アンタは幸せになれよ。まとなもな体で、まともな頭でな」


「うぅ……うぅぅぅッ!」


狭い車内で、言葉にならないギンジュの呻き声が響き渡った。

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