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すると、キジハがアジトから出ていったことに気がついた仲間たちが、彼女と一緒にいたギンジュの周りに集まってくる。
男も女もキジハはどこへ行ったのだと訊ねてきて、ギンジュはいつもの仕事をしに行ったと答えた。
いつもの仕事と聞いた仲間たちは、納得した様子でまた騒ぎ出していた。
皆、キジハがパーティーの後に金を配りに行くのを知っているのだ。
だがどうしてだが彼女は、金を配りに行くときは誰も連れず、いつもひとりで行く。
これまでも車の運転や金の入った荷物などを持つと声をかけたが、キジハはなぜか断るのだ。
本人曰く、ぞろぞろと人を連れて行ったら偉そうに見えるだろうと言っていたが、本当の理由はチームの誰も知らない。
ギンジュはビールの入ったグラスを飲み干すと、テーブルにあった新しい瓶ビールを手に取って口へと運ぶ。
そして、ラッパ飲みをしながら考える。
今日のキジハはなぜあんな話をして来たのか。
あんなに酔っぱらった彼女を見たのは初めてだ。
普段から冗談こそ言うが、あそこまでプライベートなことを口にしたことはない。
何かあったのかと、モヤモヤした気分になってアルコールを飲むペースを上げる。
「なに暗い顔してんの?」
突然声がすると思ったら、ギンジュの背中にカゲツが飛びついてきた。
まるで母の背に乗る赤子か、またはコアラの親子か、ともかくその絵面が面白かったようで、仲間たちが笑っている。
ギンジュは背中に手を伸ばして、飛び乗ってきたカゲツを捕まえようとした。
でも、届かない。
カゲツは素早くギンジュの身体を這うように移動し、彼の手から逃れている。
「おい、なにやってんだカゲツ! 俺は乗り物じゃねぇぞ! いい加減に降りろっての!」
「えー、いいじゃんいいじゃん」
ちょこまかと動くカゲツをなんとか引き離そうとしているギンジュを見て、仲間たちはさらに大爆笑。
それからカゲツを背負ったままのギンジュにグラスを掲げ、皆が乾杯を始めていた。
意味などまるでない、ただの声の掛け合いだ。
ギンジュは、いつの間にかパーティーの中心になっていたことに居心地の悪さを覚えながらも、皆に煽られて、瓶ビールをラッパ飲みして応えていた。
歓声が小さくなる。
なんだか頭がぼやける。
考えていたことがすっ飛んでいく。
これがアルコールの効果かと、ギンジュは今になって飲みすぎたことを後悔した。
「ほら、水だよ」
「あぁ……ありがと」
宴もたけなわ。
時間は深夜となり、仲間たちはそれぞれの家へと帰っていった。
今アジトには、ソファーでスヤスヤと眠るカゲツと彼と一緒に暮らしているヒバナ。
それと当然、ここに住んでいるギンジュが残っている。
「うぅ、うぅ……気持ちわりぃ……。こんなの初めてだ……」
「弱いくせに飲みすぎるからだよ。アンタ、なんかイヤことでもあったの?」
ヒバナはソファーで俯いている彼の正面に立つと、何気なく声をかけた。
黙っていたギンジュだったが、スッと顔を上げ、なんだか申し訳なさそうに答える。
「俺よりもさ。キジハさん、なんか変じゃなかったか?」
「姉さんが? 別に、いつもと同じだったけど。なんか言われたの?」
小首を傾げて訊ねてくるヒバナから、ギンジュは思わず目をそらしてしまった。
今さらながらキジハに言われたことが脳裏をよぎる。
「ヒバナとはどうだ? うまくいってるのか?」
「なんだ? まさかまだやってないのか、アンタたち?」
「……あのな、ギンジュ。古いかもしれないが、こういうのは男からいってやるのが優しさだぞ」
「やれやれだな。どうやらあんたには、そっちの勉強も足りなかったらしい」
「女心だよ」
彼女の言い方だと、ヒバナのほうはギンジュに気があるような口ぶりだった。
たしかにヒバナは口や態度こそきついが、いつも気にかけてくれている――ような気がする。
しかし、それは彼女の性格であって、別に好意があるとは限らない。
ヒバナは、カゲツのような自由奔放な子と一緒に住むような娘だ。
元々面倒見が良いだけという可能性のほうが高い。
(いや、ちげぇ! 俺はそんなことを考えてたんじゃない!)
内心で自分に向かって叫ぶギンジュは、キジハがどうしてそんな話をして来たのかを思い返していた。
何か彼女が気にするようなことがあったのか。
仕事はギンジュがチームに入ってからさらに順調。
キジハに憧れてチームに入る人間も増えた。
順風満帆なのだが、なぜ彼女はあんなに酔っぱらっていたのか。
ギンジュは頭痛を堪えながら、こんな状態で考えても答えがないと、ヒバナに訊いてみることにした。
「なあ、ヒバナ……」
「なに?」
ヒバナがソファーに座った。
カゲツを挟んで彼女が傍に来る。
意識してしまうが、ギンジュはそれを振り切って言う。
「キ、キジハさんがなんか変なこと言ってたんだよ!」
「変なことってなんなの?」
「それはなんつーか、ともかくいつもは言わないようなこと口にしてて! なんか変だったんだよ! 心当たりねぇか?」
「変なのはアンタでしょ。なに急に慌ててんだよ」
ヒバナは、自前の金髪を手で払うと微笑んだ。
キジハよりもギンジュのほうがおかしいと言いながら、子供のような笑みを見せる。
ギンジュはその笑顔に思わず見とれていると、彼女は立ち上がって寝ているカゲツを抱いて立ち上がる。
「よくわかんないけど、それだけアンタに気を許すようになったってことじゃない? アンタが思っている以上に、姉さんはアンタのことよく見てるんだから」
「そっか……」
「そうそう。じゃあ、アタシももう帰るわ。その調子じゃ明日のランニングは無理そうだね。ゆっくり休みな」
ヒバナはそう言うと、アジトを後にした。
ひとり残されたギンジュはソファーにバタンと倒れると、天井を眺めながら呟く。
「よくわかんねぇな……。つーか、頭いてぇ……」
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