23

――ギンジュがキジハのチームに入ってから数ヶ月が経つ頃には、すっかり仕事にも馴染んでいた。


稼いでる企業から金を奪い、海外から自分たちの縄張りに入ってきた犯罪者を排除する。


今夜もアジトで盛大なパーティーを行い、ギンジュは自分がしていることが悪いことだとわかっていながらも、新しい環境と仲間たちのことを大事に思うようになり、もはや新米ではなくなっていた。


「ほらほら! みんなもやってよ! ほッ! やッ!」


その中心では、カゲツが流れる音楽に合わせて踊り、仲間を巻き込んで盛り上がっている。


全員アルコールが入っているのもあって、カゲツの曲芸のようなダンスをマネしては失敗し、互いに笑い合っていた。


ヒバナは、そんな彼ら彼女らを注意しながらも、パーティーの料理を作っている。


今夜は彼女の作ったローストチキンやホットプレートで焼いたオムライスが並び、作っても作ってもすぐに無くなるので、忙しなく動いている。


だが文句を言いながらも、嬉しそうにしているヒバナを見て、ギンジュは相変わらず素直じゃないなと、グイッとグラスに入ったビールを飲む。


馴染んだとはいっても、ギンジュはいつもパーティーのときは部屋の端っこで皆を眺めていることが多い。


どうもワイワイ騒ぐのが苦手なようだ。


でも盛り上がっている雰囲気は好きなようで、笑顔でグラスを交わし合う仲間たちの姿を、ただ眺めては飲み続ける。


いつものようにギンジュがひとりで飲んでいると、彼の側にキジハが近づいてきた。


「またひとりか。アンタは端っこが好きだな」


めずらしく酔っているのか。


キジハは彼女らしくない緩んだ表情でギンジュにふらっと寄りかかると、強引に彼の肩に手を回した。


苦笑いしているギンジュに、キジハは酒臭い息を吹きかけながら絡むように言う。


「ヒバナとはどうだ? うまくいってるのか?」


「うまくって……なんの話だよ?」


首を傾げるギンジュに、キジハは「はぁ?」とでも言いたそうに口を大きく開いた。


今夜の彼女はやはりおかしい。


明らかにいつもよりも飲んでいる、というよりも飲みすぎだ。


「なんだ? まさかまだやってないのか、アンタたち?」


「ちょっと待てって。だから一体なんの話をしてんだよ?」


「……あのな、ギンジュ。古いかもしれないが、こういうのは男からいってやるのが優しさだぞ」


「キジハさん……飲みすぎだよ」


呆れて返したギンジュを見て、キジハは高笑った。


普段はろくに変化しない彼女の表情が、今夜は福笑いかのようにコロコロと動いている。


それだけ心を許すようになったということだ。


ギンジュは、最初こそキジハの意図がよくわからなかったが、彼女の言葉からさすがに察し始めていた。


「……俺なんか相手にしないだろ。実際、世話にはなってるけど、いつも話してると顔そらすし」


ギンジュは今でもヒバナと毎朝ランニングをし、その後は彼女のマンションでカゲツと3人で朝食を取っていた。


ヒバナのおかげで以前よりも体力がつき、だいぶ文字や計算もできるようになったのもあって、主に午後にやっている格闘技のトレーニングでもへばってしまうこともなくなった。


そんな訓練の日々もあり、スマートドラッグ――アンビシャスを使用したときには及ばないものの、ギンジュの腕っぷしはかなり上がっていた。


もう、よくいるスマートドラッグ頼りの金持ち学生になど負けないくらいに。


鍛えてもらったこともあり、ギンジュはヒバナに感謝こそしているが、正直キジハが言うような関係になれると思えなかった。


ヒバナとは、チームに入ってから誰よりも一緒にいる時間が長い。


それでも彼女は未だにきつい言葉を吐くし、話していて目が合うとすぐに背けるのだ。


ギンジュからすると、やはりキジハに言われて嫌々自分と関わっているようにしか見えない。


「やれやれだな。どうやらあんたには、そっちの勉強も足りなかったらしい」


「えッ? これでも今じゃカゲツを教えるくらいになったんだぜ。一体なんの勉強が足りないんだよ?」


ギンジュは、納得がいかないといった表情で訊ねた。


キジハはそんな彼に向かって妖艶な笑みを見せると、肩に回した手を離して言う。


「女心だよ」


「はあ? 女ごころ?」


オウム返しをして呆けた顔をしているギンジュを置いて、キジハはその場から去っていった。


背中を向けながら手を振りながら、去り際の言葉を残す。


「そっちの勉強もしておけよ。わたしはちょっと別件で出るから」


「おい、キジハさん! そんなに酔ってて大丈夫なのかよ!?」


「いつもの金配りだ。危ないことはないって」


ギンジュはかなりアルコールが回っているキジハの心配をして引き留めたが、彼女はそのままアジトを出ていった。


キジハが言った金配りとは、彼女が懇意こんいにしている店に投資というなの名目で金を渡している仕事のことだ。


富裕層から奪い、貧しい者たちへ分け与える。


これはヒバナやカゲツなどの、チームの古株であるふたりが入る前からやっていることらしい。


「運転はどうすんだよ!? そんなに飲んでたら危ないだろ!?」


ギンジュが遠くなったキジハの背中に向かって叫んだが、彼女は振り返ることなく行ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る