22
それは弟コウギョクが身に付けていたペンダントだった。
ギンジュは慌てて神崎からそれを奪うと、ロケットを開けて中身を見る。
中には、幼い頃のギンジュとコウギョクの写真が入っていた。
これは施設で取った集合写真を切り抜いて作ったもので、すっぽりロケットに収まっている。
ロケットペンダント本体のほうは、コウギョクが壊れたものを拾ってきて自分で直した。
「神崎さん、あんた……これをどこで?」
「病室に落ちていた。チェーンが切れていたから、おそらくは何かの拍子に首から外れてしまったんだろうな。一応直しておいたが、何か問題あったか?」
神崎が訊ねると、ギンジュは身を震わせながら顔を上げて彼の両手を掴んだ。
今にも泣きそうな顔で笑みを浮かべ、ありがとうありがとうと連呼する。
コウギョクが死んだとき、病院の者たちに特に私物はないと言っていたのもあって、ギンジュは弟の形見の品を諦めていたのだ。
「マジで嬉しいよ。あんたには本当に世話になるな」
「気にしなくていい。これもコウギョク君の導きだろう。彼がおまえに渡してほしいと願い、私のところに来たんだよ、きっと」
「へえ、意外なこと言うね。AISの人間ってもっと現実的だと思ったけど。まあ、あんたは変わってそうだもんな」
ギンジュはそう言うと、深く頭を下げてトイレのドアに手をかけた。
出ていこうとする彼に向って、神崎が声をかける。
「おい、住むところを変えたと言っていたな。もしかしておまえ、誰かの世話になってるのか?」
「ああ、キジハっていう人のとこで仕事させてもらってる。ありがとな、神崎さん。またどっかで会ったらメシくらいおごるよ」
手を振りながらトイレから出ていったギンジュは、カゲツとヒバナがいる席へと戻った。
注文していた料理はすでに来ており、カゲツが物凄い勢いで分厚いステーキにがっついている。
ヒバナのほうはサラダとコーンのオーブン焼きのみで、どうやら彼女は肉や魚などのメインディッシュは頼まなかったようだ。
当然ギンジュが頼んでおいた料理も来ている。
「あれ? たしかにオムレツだけど、なんか違くねぇか、これ?」
「フゴ! フゴゴゴゴ!」
口いっぱいに肉を詰め込んだカゲツが何か説明しようとしているが、もちろん何を言っているかはわからない。
ヒバナは呆れながらもカゲツに代わり説明というか、通訳を始める。
「オムレツがなかったからオムライスにしたんだと」
「へぇ、これがオムライスなのか。でもこれ、ケチャップじゃなくね?」
「いいから食えよ。料理が冷めちまうぞ」
ヒバナに言われ、とりあえずフォークを手に取ったギンジュは、オムライスに顔を近づけた。
この料理の名は、正確にはオムライス·ビーフシチュー。
ビーフシチューソースの濃厚な香りがする、ケッチャプとはまた違ったオムライスだ。
玉子の上からかけているビーフシチューソースの中には生クリームが混じっており、少し酸っぱい濃厚なソースが使われている。
ふんだんに使われたであろうバターの甘い香りがし、ギンジュはフォークでオムライスを差して黄色い部分を開く。
すると中からトロトロ卵が滝のように流れ出し、その光景がさらに食欲をかきたてる。
「こりゃウマい! なんだよこれ!? なんていうかウマい! ウマすぎるだろ!」
ギンジュは声を張り上げると、慌てて食べ始めた。
言葉で美味しさを表現したかったのだろうが、どうも浮かばなかったらしく、ともかくがむしゃらに料理を口へと運ぶ。
ステーキにがっつくカゲツと、並んでオムライスをがむしゃらに食べるギンジュ。
ヒバナはそんなふたりを見ながら、箸を使って上品にサラダを食べていた。
まるで何日も餌を与えられなかった獣だと、彼女は辟易する。
「ああ、おいしかった! ねえ、ギンジュ。この料理とヒバナのオムレツならどっちが好き?」
変なことを訊くなと思いながらも、ヒバナは黙っていた。
どうせ自分が作るオムレツよりも、味の濃いオムライス·ビーフシチューのほうが美味しいと言うに決まっていると、カゲツに怒りすら覚えていた。
「そりゃこっちだよ。ご飯も入ってるし、何より食べごたえが違う」
ほらみろ、言ったとおりだと、ヒバナの顔が引きつる。
ギンジュは、そんな彼女に気づかずに言葉を続ける。
「でも、きっとヒバナがこの料理を作ったらもっとウマいんだろうな」
ヒバナの引きつった表情が固まる。
突然何を言い出すんだと全身まで石のように固くなる。
それをチラリと見たカゲツは、「フフフ」不敵な笑みを浮かべて答える。
「うんうん。いいね、それ。じゃあヒバナ、今日の晩ご飯はオムライス·ビーフシチューで決まりだね。ボクも食べたいし」
「俺からも頼むよ。ヒバナのオムレツと濃厚なソースの組み合わせなんて、想像しただけでよだれが出ちまう」
カゲツとギンジュは、ふたりしてテーブルに身を乗り出した。
まるで神に祈るかのような視線をヒバナに送ってくる。
そんなふたりに対して、ヒバナが満更でもない表情をしながらフンッと鼻を鳴らした。
「しょ、しょうがないなぁ。そこまで言うなら作ってやってもいいよ」
「ホントか!?」
「やったね、ギンジュ! 今夜はヒバナ特製オムライス·ビーフシチューだ!」
手を取り合って喜ぶギンジュとカゲツに、ヒバナは言葉を続ける。
「でもその前に、これからトレーニングして家に帰ったら勉強の続きをするからな。もしそれらの内容が悪かったら、オムライス·ビーフシチューの話は無しだ」
「えぇッ!? マジかよ!? 大丈夫かな……俺」
「ヘーキヘーキ。ギンジュなら大丈夫だって」
ヒバナの発言で、ギンジュは不安そうになり、カゲツがそんな彼に発破をかけた。
トレーニングは格闘技の練習だが、彼はそれ以上に勉強のほうに自信がないのだろう。
だが、それでもカゲツは、根拠もなく心配ないと言い続けてる。
相変わらず、適当な元気づけ方だ。
「なんだかねぇ……フフ」
そんなふたりを眺めながら、ヒバナは思わず微笑んでしまっていた。
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