21
――その後も店を回り、買い物を続けたギンジュたちは、昼食の時間になったのでレストランに入ることにする。
どこにでもあるファミリーレストランだが、カゲツは実に楽しそうに席に着くと、歓喜の声を上げていた。
「お肉~お肉~! お昼は絶対にお肉って決めてたんだよ!」
「アンタねぇ……。もしレストランじゃなかったら、どうやって肉を食うつもりだったんだよ」
「そのときはヒバナに肉料理をお願いするつもりだったもん」
注文する料理を出かける前から決めていたカゲツに対し、ヒバナは冷ややかな視線を送っている。
ギンジュは四人掛けのテーブルの空いた椅子に置くと、腰を下ろさずにそのまま歩き出していった。
ヒバナはまだ注文もしていないのに、一体どこへ行くつもりなのかが気になり、彼に訊ねる。
「どっか行くんなら先に頼んでからにしろよ。そのほうが効率がいいだろ」
「ああ、それもそうだな。じゃあ、オムレツを頼んどいてくれ」
「それで、どこへ行くつもりだよ? まさかさっきの店でなんか落としたのか?」
「トイレだよ、トイレ。実はずっと我慢してたんだ」
ギンジュはそう言うと足早に去っていった。
慌てて歩いていく彼の後ろ姿を見たヒバナは、我慢してたなら口に出して言えばいいだろうと、ため息をついた。
生理現象に堪えてまで気を遣うなと、まだチームの余所者気分でいるギンジュに少しムッとする。
カゲツは、そんなヒバナのことを、ニヤニヤしながら眺めていた。
そのにやけ面が気になったのか、ヒバナが言う。
「なに人の顔見て笑ってんだよ?」
「今ギンジュに、いつまで気を遣ってんだって思ってたでしょ?」
「べ、別にそんなこと思ってねぇし!」
内心を見透かされたヒバナは顔を真っ赤にして反論したが、カゲツは黙ったまま嬉しそうにコクコクと頷いた。
その顔からは「わかってる、わかってるよ」とでも言いたそうで、ヒバナは引っぱたきたくなる。
だがここで手を出せば、この褐色肌の少年はまた意地が悪いことを言うのが目に見えているため、荒ぶる気持ちを抑えてメニュー表のタッチパネルを手に取った。
――トイレで用を足していたギンジュは、便器の前で大きくため息をついていた。
カゲツが大量にインテリアを購入し、その荷物を全部持たされていたのもあって、やっと解放されたと、疲労を感じさせる息の吐き方だ。
それでも、そこまで嫌な気持ちにはなっていない。
疲れてこそいるが、こうやって店で買い物をしていると、コウギョクとの生活を思い出す。
思えば弟も可愛いらしい小物が好きだったなと、ギンジュは感慨深げに手を洗っていると――。
「まさかこんなところで会うとはな、ギンジュ」
突然スーツ姿の男が真後ろに現れた。
鏡に映る男は、この国を管理している企業――AISの幹部である
ギンジュがギョッと表情を歪めていると、神崎は言葉を続ける。
「連絡がないから心配したぞ。アパートのほうも家賃滞納でもう契約は切ったと聞いたしな。コウギョク君が亡くなった後はどうしてるんだ? それから、渡したアンビシャスは使ったのか?」
まるで尋問のように訊ねてくる神崎。
ギンジュは水浸しの手を拭くのも忘れて、彼と向き合った。
そして、バツが悪そうに口を開く。
「最近、ちょっと住むところを変えたんだよ。それを、わざわざあんたに伝える必要もないだろ?」
「そうはたしかにそうだが。最新のスマートドラッグを渡したんだ。何に使ったのかは気になるだろう。それに、もし犯罪にでも使用したら私の責任にもなるしな」
ギクッと胸が痛むギンジュ。
まさかコウギョクが病気で死んだ後に、自棄になって弟の遺骨を喰らい、金塊強盗をしようとしたことなど言えないと、なんとか誤魔化そうとする。
引きつった笑みを浮かべて適当なことを言い、手を振りながら神崎から目をそらし、彼の横を通り過ぎようとした。
だが、止められる。
ガシッと神崎に肩を掴まれる。
「どうした? 何をそんなに急いでいる? 久しぶりに会ったんだ。もう少し話をしようじゃないか」
「連れがいるんだよ。わりぃけど、また今度な」
「また今度と言っても、いくらかけても電話をくれないじゃないか。もしかして失くしたのか?」
神崎はしつこく声をかけてくる。
それもそのはずだ。
神崎がギンジュに渡したアンビシャスは、金持ちしか買えないスマートドラッグの効果をはるかに上回っているものだ。
それに一応、弟のコウギョクのことを買っていた義理もあるのだろう。
兄であるギンジュに、同情というか、気にかけていてもおかしくはない。
普通の上流階級の人間に、こんなに情に厚い者はいないが、それでもギンジュは神崎と距離を取らなけれないけない理由があった。
それは世話になっているキジハから、アンビシャスを渡した人間とは関係を断つように言われていたからだ。
「ああ、失くしちまったんだよ。あ、あんたにもらったスマドラも川に落としちまってさ……」
「そうか。そいつは残念なことだ。それはそうと、おまえに会ったら渡そうと思ってたんだが」
神崎は表情ひとつ変えずにそう言うと、ジャケットのポケットからあるものを取り出した。
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