20

高圧的な態度で声をかけてきたプロテックに、ギンジュが戸惑う。


プロテックとスクラッチふたりとも、海外マフィアとの件の後のパーティーでは見なかった顔だ。


さらにヒバナの態度からしてキジハのチームメンバーではなさそうだが、一体どうやって返事をしたらよいものかとギンジュが思っていると――。


「コイツはうちの新米だよ」


ヒバナがギンジュの素性をふたりに説明した。


こないだ偶然仕事で絡んでから、カゲツの気まぐれでキジハがなくなくメンバーに入れたと、まるで害虫でも見るかのような視線を向けながらふたりに言う。


プロテックは「ほう」と口にすると、ギンジュのことを舐め回すようにジロジロと見た。


品定めされているようで気分が悪くなりながら、ギンジュは思う。


見た目や態度からして、キジハとは別のチームの人間だろう。


年齢的には自分やヒバナよりは上で、キジハと同じくらいの大人に見える。


それにしてもこの長髪の男――プロテックはまるでチンピラのようだと、思わずギンジュも顔をしかめてしまっていた。


「使えんのかよ、こんな隈が入ってんの? ちょっと小突いただけで倒れちまいそうだ」


「クマ? ギンジュはクマじゃないよ」


「俺が言ってんの目の下にある隈のことだよ! あの、なんだ……寝てねぇとできるヤツ! 相変わらずのバカだな、おまえはよカゲツ!」


カゲツの的外れな言葉を聞いて、プロテックが声を張り上げた。


続けて馬鹿にするような態度を取ったせいか、ヒバナが前に出てくる。


彼女が無言で睨むと、プロテックの両目が見開き、その口角が上がっていった。


黙って両目を細めるヒバナと、ヘラヘラと笑いながらも額に血管が浮いているプロテック。


今にも殴り合いを始めそうな雰囲気だが、プロテックの後ろに立っていた黒髪に赤いメッシュが入った男――スクラッチが彼を制止する。


「やめろ、プロテック」


「いや、俺はまだ何もしてねぇけど」


「いいからやめろ」


プロテックは「チッ」と舌打ちをすると、スクラッチの言う通りにヒバナから離れた。


これで何事もなく終わる。


ギンジュがそう思っていると、スクラッチはヒバナに声をかけてきた。


「こないだ、貿易会社から金塊が盗まれたのを知ってるか? あそこはうちらの商売相手だったんだが」


「あん? 知らねぇよ。んなこたぁ」


「それと港で外国人の死体が複数出たらしいな。ニュースじゃ取引きの失敗で殺された可能性があるとか言っていたが」


「うっせぇな。だいたいアタシはニュースは見ねぇんだよ」


「そうか」


スクラッチはそう言うと、ヒバナたちに背を向けて去っていく。


そんな彼を慌てて追いかけていくプロテック。


最後に、彼がヒバナたちに向かって中指を立てながら後ろ向きで歩いていると、スクラッチが口を開いた。


「キジハに言っとけ。そのうち挨拶しに行くってな」


そう言ってふたりは店を出ていった。


ギンジュは去っていくスクラッチとプロテックの背中を睨んでいるヒバナを見て、どこにでもいざこざはあるものだなと思っていた。


ともかく喧嘩が起きなくてよかった。


プロテックのほうはいかにも小物といった感じだったが、赤いメッシュの入ったほう――スクラッチにはちょっと危ない雰囲気がした。


それでもこちらには自分とカゲツがいるし、けしてヒバナが負けるとは思わないが、妙な凄味を感じさせる男だったなと、ホッと胸を撫で下ろす。


すると、カゲツがギンジュの服の裾を引っ張ってきた。


振り返ったギンジュのことを見上げながら、カゲツは微笑みながら言う。


「ああ見えてもあのふたり、そんな悪いヤツらじゃないんだよ。まあ、盗みに詐欺と悪いことはたくさんしてるけど、ボクらも似たようなことしてるしね」


「なに言ってんだカゲツ。あいつらはクソだろ。アタシらと一緒にしてんじゃねぇよ」


「でも、キジハが言ってたじゃん。自分たちの敵はスクラッチたちみたいな連中じゃないってさ」


「それは無駄に争うなって意味だ。けっして信用できる相手じゃねぇ。隙あらば姉さんを狙ってんだぞ、あいつらは」


カゲツとヒバナの会話からするに、どうやらスクラッチたちはライバルチームらしい。


だが話からするに、ここらのアウトローらはキジハが束ねているようで、スクラッチたちはそれが気に入らないようだ。


そんな彼らのことを、ヒバナは警戒の域を出て敵視している。


それでもカゲツの発言から察するに、キジハのほうは特に問題にしていないことがわかる。


ヒバナはそれでも彼らは敵だと批判的だが、ギンジュにはキジハの考えが理解できた。


彼らもまた社会から、能力主義からあぶれた人間なのだ。


同じ立場にいる者同士で争っていては、ただでさえ生活がしづらいこの国では命取りになる。


かといってヒバナの意見もわかる。


もしキジハが危機的状況になったら、スクラッチたちは迷わず仕留めに来るだろうと。


「でも、カゲツに、ヒバナと、こうやってバラバラ意見があるから上手くいっている部分もあるんだろうな……」


「なんか言ったか?」


「いや、別に……。キジハさんはスゲーなって思ってさ」


ヒバナが不可解そうに訊ねると、ギンジュは答えをはぐらかした。


ただ嘘は言っていない。


ギンジュはそんな考え方が違う人間をまとめているキジハのことを、本当に感心していた。


簡単にできることじゃないと。


「もういいからどっち買うか決めてよ、ギンジュ。早くしないとお昼すぎちゃうよ」


「いや、マジで買うのかそれ? いらねぇだろ」


ヒバナがそう言うと、カゲツはニカッと白い歯を見せる。


「いるよぉ。実は、前からアジトを飾りたかったんだ」


「それっておまえの買い物じゃねぇか……」


「まあまあ、いいじゃん。そんな細かいことはさ」


無邪気なカゲツと呆れているヒバナを見たギンジュは、このバランスがずっと続けばいいなと思った。

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