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マンションを出てショッピング街へ向かうギンジュたち。


強い陽射しを浴びながら、カゲツを挟んでギンジュとヒバナ三人で並んで歩く。


まだ午前中だったが、街には人が溢れていた。


きっと自宅で仕事をしている人間らが、気晴らしに散歩でもしているのだろう。


学生の多くも、現在はオンラインで授業を受けているのもあって、カフェでVRゴーグルを付けた若者たちがテーブルに座っているのが目に入る。


施設出身の肉体労働者だったギンジュからすると、彼ら彼女らは仕事をサボって遊んでいるようにしか見えない。


だがここ数日、キジハのチームに入ってから彼の考え方は変わった。


以前は知り得なかったことを知り、人が当たり前に手に入る情報を教えてもらい、世の中の構造や国の流れを理解した。


富裕層にとってはデフォルトでも、貧困層にとってはそうではないことは多い。


たとえばパソコンやスマートフォン、そしてスマートドラッグだ。


――20XX年に日本の経済が破綻したことで、国民のほとんどが路頭に迷うことになった。


政治家たちにこの状況を変える手段はなく、彼らはこれまで貯めてきた財とコネを作って国外へと脱出した。


国を運営する者たちを失ったことで台頭してきたのは、経済戦争を勝ち抜いた企業――AISだった。


AISは崩壊した日本を再生させるために、国民に呼びかけて能力主義を浸透させた。


能力主義が広まったことで、海外に仕事を求めようとしていた若者たちは、自分の実力で生活が変わるのだと国内に留まり、結果、日本は再生した。


だがその影響で、それまであった格差はさらに広がり、生活保護や年金などの弱者を救うシステムは消え去ってしまう。


努力しても結果が出せない者は明日の食事すら取れずに死に、働けなくなった病人や老人は処分された。


そして、日本が完全にAISによって管理されるようになった頃には、金さえ払えばスキルが手に入るスマートドラッグが市場に販売される。


この錠剤を飲むことで、人は簡単にスキルを手に入れられるようになった。


スマートドラッグには主に知識系と肉体系があり、値段が高い物ほど強力な効果が得られる。


そんな手軽にどんなスキルでも手に入るようになった日本だったが、当然スマートドラッグを手に入れられない者もいる。


それは先ほどあげた話通り、貧民層だ。


彼らは高価なスマートドラッグを買うことができないため、手に入れられるスキルがほとんどなかった。


そのため底辺から這い上がれずに、その者の子も、またその子も、永遠に貧しい運命が待っている。


ギンジュは、弟コウギョクならば貧困から抜けられると信じていた。


その能力と才能、スキルが弟にはあった。


だが、突然病気になり、弟は亡くなった。


もし自分に手術代を支払う能力があれば。


もし自分に貯金ができるほどの稼ぎがあれば。


弟が倒れたときに、すぐに手術をしていれば助かった可能性は高い。


それでも、そんな理不尽なことが起こっても、すべては自己責任だ。


能力主義の果ては、持てる者はもっと富を得て、持たざる者はさらに貧しくなる。


実際にそれでこの国は再生したが、持たざる者たちが、いつまでも大人しくしているわけではない。


能力や才能、スキルがあっても、理不尽な目に遭って社会からはみ出してしまった者たちはいる。


そういう知恵も力もある人間たちは、犯罪者になって生きるしかない。


ギンジュが出会った初めての犯罪者はキジハたちだった。


いろいろあったが彼が今こうやって、以前よりも良い暮らしができているのも、すべては彼女らの計らいのおかげだ。


「ったく面倒臭いな。買い物なんてネットでいいだろ」


「いいじゃんいいじゃん。レストランで食べるのと一緒でたまにはこうやって店に行くのは楽しいよ」


ヒバナが不機嫌そうな声を漏らすと、カゲツは出かけることの素晴らしさを説明した。


これまで電子マネーやクレジットカードを持っていなかったギンジュにとっては、店に直接買いに行くのが当たり前だったが、どうもふたりにとってはそうでもないようだ。


ギンジュが住ませてもらっているアジトには、一応パーティーなどできる設備が揃っているため、特に購入するようなものはない。


強いて言えば殺風景でインテリアが足りないくらいだ。


そのせいか、店に入ったカゲツは、特に生活に必要ないもの――可愛らしいデザインのゴミ箱や、まるでオモチャのような照明器具を手に取ってギンジュに勧めていた。


ウサギやネズミのゴミ箱に、LEDを使用した壁に取り付けるネコの形のウォールライトなどを手に取って、嬉しそうにはしゃいでいる。


ショッピングモールはどの店も無人販売になっており、他の客もいないので騒いでも注意はされなかったが、ギンジュたちがショッピングを楽しんでいると、そこへ柄の悪そうな男ふたりが近寄ってきた。


「よう、ヒバナ。なにしてんだよ、こんな昼間からよ」


ふたりのうち長髪の男がヒバナに声をかけ、彼の後ろには黒髪に赤いメッシュが入った髪型をした男が仏頂面で立っている。


声をかけられたヒバナは顔をしかめると、ふたりと向き合った。


「あん? おまえらこそなにしてんだ? 男ふたりでショッピングかよ?」


「あッスクラッチにプロテック! おはよう~」


嫌な連中に会ったという顔をしたヒバナとは違い、カゲツは気さくに挨拶をしていた。


どうやら長髪のほうがプロテックで、赤いメッシュのほうがスクラッチというようだ。


プロテックはカゲツを無視して、ギンジュへと詰め寄ってくる。


「見ねぇ顔だな。誰だおまえ? なんでコイツらといんの?」

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