18

――キジハのチームに入ることになり、ギンジュの新しい生活が始まった。


前に住んでいたアパートには帰るなと言われ、ギンジュはキジハたちのアジトで寝泊まりすることになった。


幸い、奥にはベットやシャワールームがあり、掃除して綺麗にすれば十分に使える。


食事も仕事の報酬があるので、むしろ解体作業をしていた頃よりも贅沢な暮らしができていた。


そんな暮らしよりも何よりもギンジュを驚かせたのは、チームでの彼の面倒を見るように言われたヒバナの教育だった。


「ほら、いつまで寝てんだ? さっさと準備しろ」


ヒバナは毎日、早朝にアジトへやって来てはギンジュを叩き起こし、一緒にランニングに出る。


当然、彼女と同じペースでは走れないのでいつも置いて行かれるが、文句を言いながらもギンジュのことを待ってくれてはいた。


朝からかなりの長距離を走り終えると、その後はヒバナの家で彼女とちょっと遅めの朝食を取る。


「おはよう、ギンジュ。今日もいい朝だね」


女性の部屋に入るのは初めてだったギンジュだったが、どうやら彼女はカゲツと住んでいるようだ。


彼は下着だけといっただらしない格好で、眠たそうに手で顔を擦り、さわやかな笑みを見せてくる。


ふたりは姉弟なのだろうか。


たしかに自分勝手なことを言うカゲツを叱りつけているヒバナの姿は、まるで姉のようだったが。


それとも、ふたりで暮らすようにキジハに言われているのだろうか。


まさか年の離れた恋人――ということはないだろうが。


なんにしても自分が気にすることではないと、ギンジュはどうしてふたりで暮らしているのかは訊かないでおいた。


ふたりで住むには広いワンルームマンションのリビングに、ヒバナが作った料理が出てくる。


トーストとフルーツサラダにオムレツと、シンプルな朝食だ。


側にはバターやジャム、牛乳とオレンジジュースが並び、ギンジュはふたりと椅子に座って「いただきます」と食事の挨拶をする。


「うぅ、走ったばっかで正直、食欲がない……」


「ダメだよ、ギンジュ。朝はちゃんと食べないと」


「残したら殺す」


カゲツは寝起きなのだろうが、ねこまっしぐらとでも言いたくなる勢いで料理を食べていく。


一方でヒバナは彼とは違い、ゆっくりと上品に食事をしていた。


残したら殺すと彼女に言われたのもあって、ここは無理にでも食べなければ料理を口に運んだギンジュだったが、そのオムレツの味に思わず声をあげてしまった。


「ウマいなこれ!? マジでヒバナが作ったのか!?」


「でしょ! ヒバナはこう見えても料理上手なんだよ~。だからいくらでも食べれちゃう。ヒバナ、おかわりちょうだい!」


ヒバナは不機嫌そうにしながらもキッチンへと向かった。


カゲツがおかわりをねだるとわかっていたのだろう。


次のオムレツを持ってきてドンッと乱暴にテーブルに置いた。


彼女のこういう態度さえなければもっと美味しく食べられるのだが。


ギンジュはそう思いながら乾いた笑みを浮かべると、ヒバナの作った料理をすべて平らげた。


それから食事を終え、ごちそうになったお礼にせめて洗い物くらいはと、食器を片付けるギンジュ。


そんな彼の態度にヒバナも無言ながら一緒に皿を洗い始め、カゲツが並んでキッチンに立つふたりを見て微笑む。


特に何をするわけでもなく、特に何か言うわけでもなく、ただふたりのことを嬉しそうに眺めている。


「おい、カゲツ。いつまでボケッとしてんだよ。さっさと顔を洗って歯を磨いて来い」


「はーい、わっかりました~」


見られていて苛立ったのか。


ヒバナが声をかけると、カゲツは足早にその場から去っていった。


だが声だけはピョンピョン跳ねるウサギのように弾んでおり、そのせいかヒバナの眉間の皺がさらに深くなっていた。


洗い物をしているだけで喋らないのも変だと思ったギンジュは、そんなヒバナに会話を振る。


「なあ、ヒバナっていつも朝走ってんの?」


「そうだよ」


会話が止まる。


その冷たい声での返事を聞き、おまえと話すことなどないと言われた気になったギンジュ。


せっかく声をかけたのにと、内心で意気消沈しながらも彼はめげずに声をかける。


「そういえば料理上手いんだな。ちょっと驚いたよ。俺も弟に作ってたけど、さっきのオムレツの味には敵いそうにないね」


「そう」


また会話が止まる。


というか打ち切られた感じだ。


おまけにヒバナが顔を背けていたのもあって、ギンジュは余程嫌われているのかと、ガクッと肩を落とした。


これでアジトへ帰れればいいのだが、そうもいかない。


朝食の後は、勉強会が待っている。


小学校も出ていないギンジュが読める文字は数字とひらがなのみ。


それと簡単な計算しかできず、これでは仕事に支障が出るということで、体だけではなく頭も鍛えることになった。


当然教えるのはヒバナだ。


以前はカゲツも教えてもらっていたようだがすぐに辞めてしまったようで、これからギンジュが始めるということで、再び参加している。


人数分のタブレットを出し、問題を開くように言うヒバナ。


ギンジュは気まずそうにしながらも、彼女にわからないところを訊き、計算していく。


足し算、引き算、掛け算、割り算と、なんとか問題を解いていく。


しばらく勉強していると、カゲツがテーブルに顔を押し付け、呻くように口を開いた。


「もう飽きた……。ねえ、ヒバナ。買い物行こうよ。アジトには何にもないから、ギンジュの生活に必要なもの選んであげよう」


「ダメだ。どうしても行きたいなら、今やってる問題集を全部解いてからだ」


「ホント!? よし、じゃあ一気に解いてやるぞ!」


急にやる気を出したカゲツは、ヒバナが驚くほどの集中力を見せ、すべての問題を解いてしまった。


約束は約束だということで、ヒバナはなくなくカゲツとギンジュと共に、買い物へ行くことにした。

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