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褒めてくれたと思ったら急に怒鳴り出す。


ギンジュはヒバナの態度がよくわからないまま、渡された箱を持って部屋の端にあったソファーに腰を落とした。


それからグラスに入った泡立っている液体を見つめていると、突然ソファーに誰かが座ってきた。


「気にするな。あれはあのなりにおまえを労ってるんだ」


隣に座って来たのはキジハだった。


ピザに入った箱を挟んで並ぶギンジュとキジハ。


ギンジュは貨物船でのことを思い出すと、彼女になんて声をかけていいかわからなかった。


どう考えても使っていたスマートドラッグ――アンビシャスのことをよく思っていなさそうだった。


何か下手なことを言えば、最悪殺されるのではないかと発する言葉を選ぶが、何ひとつ浮かばない。


悩んでいるギンジュがまごまごしていると、キジハのほうから彼に声をかける。


「船でのことは悪かったな。許してくれ」


「えッ? ああ、別に気にしてないけど……。! うん? なんだよこれ、ウマすぎるだろ!?」


上手く喋れないギンジュは、手持ち無沙汰になってグラスのビールを飲み、ピザを口へと放り込んだ。


キンキンに冷えた炭酸水が喉を潤すと、その後にパリパリの生地の食感が広がり、チーズのマイルドな味と、トマトの酸味、バジルの風味で口の中が満たされる。


ビールもピザも初めて口にしたギンジュは、その刺激と濃厚な味に思わず声をあげてしまっていた。


どこでも買えるビールとピザでそこまで喜ぶかと、キジハは呆れながらも微笑み、ポケットからあるものを取り出した。


それはスマートフォンだった。


キジハは手にしたスマートフォンを、隣で夢中になって飲み食いを始めたギンジュに差し出す。


ピザを口に詰め、リスのように頬を膨らませていたギンジュは、慌てて手についたピザソースを舐めて穿いているパンツで手を拭いた。


「なあ、これってくれるってことか?」


微笑んでいるキジハに訊ねると、彼女はコクッと頷いた。


どうやら今回の仕事の報酬が電子マネーで入っているらしく、さらに彼女は連絡用に使うように言った。


ギンジュはパスワードを聞いて、スマートフォンを操作しながら思う。


弟コウギョクのことを気にかけていた男――。


この国を管理する企業AISの幹部である神崎かんざき丈三郎じょうさぶろうもそうだったが、最近はスマートフォンをプレゼントするのが流行っているのか。


世の中には複数のスマートフォンを持っている人間がいるというが、それは仕事用とプライベート用に分けているからで、境目がない自分には分ける必要がないのだがと、入金されている電子マネーがいくら入っているのかを見る。


「こんなにもらっていいのか!?」


そこには、ギンジュが解体作業で手にする給料の倍以上の金額が入っていた。


これだけあれば節約すれば半年は暮らせると、ギンジュは驚きを隠せない。


「仕事の報酬は均等に分けるのがうちのチームのやり方だ。今回は金塊も渡さずに済んだしな。ボーナスも込みといったところか」


「ボーナスね。ハハハ、なんにしてもこいつはスゲーや!」


想像もしていなかった金を手に入れたことで大喜びしているギンジュ。


キジハはそんな彼に、持っているスマートフォンを出すように言った。


理由がよくわからないままスマートフォンを出すと、彼女はそれを奪ってSIMカードを取り出した。


そして、それをポケットに入れるギンジュのスマートフォンを地面に放って踏みつける。


「うわぁ、俺のスマホ!? なにすんだよ!?」


ブーツを履いた足で踏みつけられたスマートフォンは画面が割れ、さらに瓶ビールを手に取ったキジハは、それにアルコールをかけて水浸しにする。


「大事なデータでも入っていたのか?」


「いや、別にそんなもんはねぇけど……。でも、それをくれた人の連絡先とか」


「そいつとはもう連絡を取り合うな」


簡潔に一言だけ口にしたキジハを見て、ギンジュは理解した。


きっと彼女は、自分が持っていたスマートドラッグ――アンビシャスをくれた人物のことを、プッシャーやディーラーなどの売人だと思っているのだろう。


たしかに神崎の口ぶりを思い出すと、市場に出回っているものとは違うようだが、そもそもスマートドラッグは合法だ。


誰もがやっているし、これからもキジハのチームで仕事をするならば必要になる。


そう思ったギンジュは、彼女に訴えた。


アンビシャスがないと、キジハたちの役に立てないと。


なんのスキルもない自分が、できる人間になるにはスマートドラッグがいるんだと。


そのためにも、これからも電話をくれた人物と会う必要があると詰め寄る。


「俺はあれがないと無能なんだよ。あのスマドラがないと、きっとあんたらに使えないって捨てられちまう」


「そんなことはしない」


そう返事をしたキジハは、詰め寄ってきたギンジュに自分の顔を近づけた。


息を吐きかければかかる距離。


まるで口づけでもするぐらいの距離で、彼女は言う。


「おまえをスマドラなしでもできるヤツにしてやる。ヒバナ!」


キジハがヒバナに声をかけると、彼女はふたりのいるほうに視線を向けた。


手にはグラスを持ったまま、一体なんだとでも言いたそうな顔でいるヒバナに、キジハは言葉を続ける。


「今日からおまえがこいつを鍛えろ。やり方は任せる」


「えッ!? 鍛えるって……なにすりゃいいんだよ!?」


「それはあいつに訊け。ここでの生活も仕事のこともなんでもな」


声を張り上げて驚いたギンジュ以上に、ヒバナも驚愕していた。


両目を見開いていた彼女だったが、すぐに顔をしかめ、その身をブルブルと震わせると、持っていたグラスを床に叩きつけてどこかへ行ってしまう。


不機嫌そうに去っていったヒバナの態度に、ギンジュがこれからのことを不安に思っていると、そんな彼とヒバナの姿を見てキジハは口角を上げながら言う。


「ようこそ、わたしたちのチームへ。今日からおまえはわたしたちの仲間だ」

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