16

脅すように凄まれたギンジュは、キジハがなぜそんなことを言って来たのかが理解できず、返事もできずにいる。


それはカゲツもヒバナも同じで、ふたりも突然ギンジュに詰め寄った彼女に戸惑っていた。


何か問題があったのか。


スマートドラッグは誰もが使ってる薬だ。


たしかに貧困層には手に入らない高価なもので、ギンジュが使ったアンビシャスはその中でも特に強力なドラッグではあるが、それをどうして取り上げようとしているのか。


ギンジュもカゲツもヒバナも、その場にいた誰もが、キジハの行動の意図がわからなかった。


「上着のポケットか?」


いつまでも黙ったままのギンジュにしびれを切らしたキジハは、彼のフライトジャケットから強引にピルケースを取り上げた。


それから彼女はケースを開けると、中に入っていた錠剤を手に取る。


目を凝らして錠剤を見つめ、ここでようやく呆けていたギンジュが口を開いた。


「おい、いきなりなにするんだよ? 俺、なんかマズいことしたか? それ、返してほしいんだけど……」


「ヤバいものだとは思ってたが、まさかこいつは……。おい、ギンジュ。おまえ、これをどこで手に入れた?」


キジハは錠剤からギンジュに視線を移す。


冷たい刃物のような目が向けられたギンジュは、またも上手く言葉が出せなくなっていた。


キジハは、まさかスマートドラッグ嫌いだったのか。


ギンジュはそういう人間がいることは知っていたが、このAISによって管理されている国では、その数はベジタリアンよりも少ないと言われている。


実際にギンジュは、スマートドラッグを摂取することに抵抗がある人間に会ったことがなかった。


ただ服用するだけで頭の回転や肉体が強化されるのだ。


しかも、使用上の注意点さえ気をつければ副作用はない。


行き過ぎた能力主義から生まれた格差を助長するものではあるが、何の努力もなく超人になれるのだ。


手に入れたのなら使わないわけがない。


「答えろ、ギンジュ。それとも、言えない理由でもあるのか?」


「そ、そんなことはないんだけど……」


歯切れの悪い返事をしたギンジュに、キジハが近づこうとしたとき――。


カゲツとヒバナが間に割って入ってきた。


ふたりはキジハの身体を正面から押さえ、慌てた声を出す。


「ちょっとキジハ!? なんでそんなに怒ってるの!? ギンジュはやることやっただけでしょ!?」


「こいつを庇ってるわけじゃないけど、カゲツの言う通りだよ姉さん! とりあえず話はアジトに戻ってからにしよう! 上のほうももう片付いているだろうからさ!」


ふたりに説得されて、いつもの表情に戻ったキジハは、突然銃を手に取った。


自分が撃たれると思い、思わず身を固めたギンジュだったが、彼女が撃ったのは倒れているマフィアたちだった。


痛みで呻き、中には許しを請う者もいたが、キジハは容赦なく引き金に指をかけて室内にいた男を皆殺しにする。


娯楽室が一気に血に染まり、質素な絨毯とフローリングの床が真っ赤に染まって血だまりができていた。


すべてのマフィアを殺したキジハは、銃をショルダーホルスターに戻すと、部屋を出て行こうとする。


「これで全員死んだな。よし、じゃあ詳しい話は後にしよう。アジトに戻るぞ」


そして彼女は背を向けたまま、ギンジュたちに声をかけた。


――キジハたちのアジトは、街外れにあった廃工場だった。


別にここで寝泊まりしているわけはないようで、使っている奥の部屋以外は朽ち果てている状態だ。


ヒバナの運転でここへ来たギンジュが彼女たちと中へ入ると、先に到着していたチームの仲間たちが酒盛りを始めている。


カゲツはずるいとでも言いたそうにその輪の中に飛び込むと、用意されたピザやフライドポテトを頬張りながらコーラの瓶を手に取って仲間たちに声をかけていた。


ギンジュが港で見た若い男女と面子は同じだ。


誰もがカゲツの登場に笑みを浮かべ、その頭を撫でながら一緒に騒ぎ出している。


遅れてキジハとヒバナが現れると、仲間たちから歓声があがった。


取引きこそ失敗したが、受け取るはずだったものは手に入れた。


しかも渡すはずだった金塊も回収している。


そして何よりもキジハが事前に交渉が決裂した場合の対処を伝えていたようで、死人どころか怪我人がひとり出ることなく仕事が片付いたことを、誰もが声を上げて喜んでいる。


全員がキジハとハイタッチを交わしていき、仲間たちにとって彼女は、犯罪組織のボスというよりは一家の大黒柱のような――そんな家庭的な関係に見えた。


「こいつら、仲いいんだな……」


その微笑ましい光景を見ていたギンジュは、思わず表情が緩んでいた。


施設では友人ができずに、社会に出てからもひとりだった彼は、唯一の親しかった人物だった弟コウギョクのことを思い出す。


両親はおらず、たったふたりの兄弟で仲間と呼べるような人間はいなかったが、それでも楽しくやっていたなと、脳裏にコウギョクの笑顔が浮かんでいた。


「なにボケッとしてんだよ。ほら、アンタも食って飲め」


端っこで立ち尽くしていたギンジュに、ヒバナが声をかけた。


彼女の手にはピザの入った箱が持たれており、それを乱暴に渡すと、側にあったテーブルから瓶ビールを手に取ると、空いたグラスにふたり分を注ぐ。


ひとつは自分の分で、もうひとつはギンジュの分だ。


「ビールでいいだろ?」


「え……? うぐッ!?」


ビールの入ったグラスを手に取った彼女は、それを強引にギンジュの口へとつけて不機嫌そうに口を開いた。


両手にピザの入った箱を持ち、口には中身の入ったグラスをくわえたギンジュが戸惑っていると、ヒバナは言葉を続ける。


「まあ、初めての仕事にしては上出来じゃねぇの。銃を持った相手に飛び出す度胸はなかなかのもんじゃない。スマドラ頼りだったけどさ」


「あ、ああ……。ありがと……」


「かといってまだ姉さんがなんて言うかはわからねぇし。アタシもアンタを認めたわけじゃないからな! そこんとこ誤解すんなよ!」


そう言ったヒバナは、フンッと鼻を鳴らすとその場から去っていった。

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