28

廃墟のホテルへと足を踏み入れ、中へと進んでいくギンジュ。


彼に続き、嬉しそうに歩くカゲツと無表情のスクラッチも建物内へと入っていく。


一方でプロテックのほうは震えながら、ワイルドのケツを蹴って共に皆の後を追った。


暗い廊下は天井が剥がれ、壁にはスプレーで描いた落書きがあり、かつて家具だったものがそこら中に散乱している。


奥からは騒がしい声が聞こえてくると同時に、チーズ臭がしてきた。


ピザかチーズフォンデュでも食べているのかと思うほどの強い臭いだ。


ギンジュを先頭に、声と臭いのするほうへ向かうと、廊下の突き当りから灯りが見える。


迷わず明るい場所へと入ったギンジュたちを、部屋にいたタトゥーだらけの若者らが一斉に睨んできた。


その人数はワイルドが建物に入る前に言っていた以上で、40人は軽く超えている。


「なんだテメェら? ここがどこだかわかってのか、あん!?」


早速突っかかってきた金髪と茶髪の中間といった色の髪色をした男が、ギンジュに詰め寄ると、彼の後ろにいた仲間たちから声が漏れた。


その視線はギンジュではなく、赤いメッシュの入った黒髪の男――スクラッチへ向けられている。


スクラッチがいたことでたじろいたタトゥー集団を見て、プロテックが強気な姿勢で前へと出ると、彼は詰め寄られていたギンジュの隣へと並んだ。


「スクラッチ……。テメェ、なにしに来たんだよ?」


集団の中のひとりが声をかけた。


スクラッチは彼のほうを向くと、どうでもよさそうに答える。


「ゴミ掃除」


「あん? オレらがゴミだって言いてぇのか? 殺されてぇのかよ。マジで殺すぞ。今すぐに殺す」


「頭悪そうだな、おまえ。殺す殺すって、他の言葉を知らねぇのかよ。勘違いすんなよ。俺は手伝ってるだけだ」


「老害がなにワケわかんねぇこと言ってんだよ! 殺すぞコラ!」


スクラッチに声をかけた男は、声を張り上げて拳銃を構えた。


彼は、おそらくはこのチームのリーダーなのだろう。


彼が拳銃を抜くと、他のタトゥーの入った若者たちも続いて、銃口をギンジュたちへと向けた。


当然、詰め寄ってきた男も、ギンジュに銃を突きつけている。


だが、ギンジュはすでに散弾銃を構えていた。


「フゥゥゥッ! やる気満々だね!」


それに気が付いたカゲツが、短機関銃を両手に持って叫んだ。


プロテックも少年に続き、慌ててショットガンを構えてタトゥー集団へと向ける。


「なあ、スクラッチさん。こいつらで間違いないのかな?」


「ああ、スキンカラーズはこの連中のことだ」


ギンジュの問いにスクラッチが答えると、カゲツは両手に短機関銃を握りながら小首を傾げる。


「スキンカラーズ? なんかネイルでもやりそうなチーム名だね」


「肌に色を入れるとか、そういう意味にしたかったんじゃないか? こいつら全員タトゥー入ってるし」


「ああ、そういうこと」


不可解そうなカゲツにギンジュが自分の予想を言うと、タトゥー集団――スキンカラーズのメンバーらが声を荒げた。


先ほどスクラッチが指摘した通り、語彙の少ない言葉でまくし立てては、その顔を強張らせている。


そして、彼らが引き金にかけた指を動かそうとした瞬間、部屋の中が銃声で埋め尽くされた。


壁や床が一瞬で真っ赤に染まり、激しい銃撃戦が始まった。


ギンジュの散弾銃が詰め寄ってきた男の頭を吹き飛ばす。


カゲツの両手の短機関銃が、文字通りスキンカラーズを蜂の巣にしていく。


その惨状に怯え、ワイルドは両手で頭を抱えてその場にへたり込んでいた。


慌てて下がっていたプロテックは、そんな彼を蹴り飛ばしながらも撃ち返して応戦している。


「なんだよそんなデケェ銃使いやがって! 反則じゃねぇか!」


拳銃では歯が立たないと思ったリーダーは、仲間を置いてその場から逃げていく。


血塗れの死体を踏みつけて一目散に駆けていく。


スクラッチは弾丸が飛び交う中で、今頃になって散弾銃を構えた。


それから落ち着いた様子で狙いを定めると、逃げていったリーダーの男へ発砲。


右腕が吹き飛んだが、男は悲鳴をあげながらも部屋を出ていく。


「悪い、逃げられたわ」


「いいよ、別に。出入り口はこの部屋からじゃ俺たちが立っているとこからじゃないと行けないだろ」


スクラッチとギンジュが言葉を交わしている間も銃撃戦は続いていたが、それもすぐに終わった。


スキンカラーズは全滅し、ギンジュたちは逃げていったリーダーの男を追う。


右腕を吹き飛ばされているのもあって、遠くへは行けないだろうと思われた。


案の定、リーダーの男は部屋を出た廊下の先にいた。


「よ、よくも仲間をやってくれたな!」


「真っ先に逃げたくせになに言ってんだよ。大事なもんなら命を張って守りやがれってんだ」


プロテックが小馬鹿にするように笑うと、ギンジュは沈んだ表情をしながら男へと近づいていく。


だが、男は笑っていた。


絶体絶命の状況で、突き飛ばされた右腕の部分から血が滝のように流れているというのに。


「殺す、殺してやる! テメェぜってぇ殺してやるぞ!」


「また言ってるね」


カゲツがそう言うと、男は無針注射器をポケットから出し、それを自分の首へと打った。


リーダーの男の身体が異様なほど大きくなっていく。


両足がまるで丸太のように太くなり、残った左腕はそれを超えたまるで岩のように肥大化していた。


今の男の姿は、まるでSF系のゲームにでも出てきそうな化け物だ。


注射器の中身は、おそらく身体強化系のスマートドラッグなのだろう。


いや、これはもうスマートドラッグではない。


薬ではなく、人体を変化させるウイルスだ。


「なんだよあれ!? あんなスマドラ売ってんのか!?」


「ちょっと見えないよ!」


プロテックが仰け反りながらワイルドを盾にし、カゲツはそんなふたりに前方を塞がれて前が見えない状態で喚いていた。


「さすがにヤバそうだ。銃で殺せればいいが……」


スクラッチが散弾銃を構える。


彼はすぐにでも撃ち殺そうとしたが、ギンジュがそれを止めてゆっくりと化け物へと歩を進めた。


「俺がやるよ。言い出しっぺだし。スクラッチさんは下がってて」

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