29
ギンジュはそう言いながら、持っていた散弾銃を投げ捨てた。
そして、レザージャケットのポケットに手を入れると、錠剤を取り出す。
「ゴロス! ゴロスゴロスゴロスゥゥゥッ!」
手足が肥大化した男が、咆哮しながらギンジュへと走ってくる。
発音がおかしいのは薬の影響か、だらしくなく口を開いたまま、よだれを垂らしながら駆けてくる。
ギンジュの後ろにいた者は、カゲツ以外の誰もが怯んでいた。
あんな化け物を銃もなしにどうやって倒すんだと、これまで表情をろくに変えなかったスクラッチですら顔を強張らせた。
化け物へと歩を進めたギンジュは、手に取った錠剤を口へと入れる。
バリバリと噛み砕いて飲み込む。
向かってきた男は、巨大化した左腕を振り上げ、出る杭を打つとよう落とす。
岩が降ってきたかのような迫力だが、離れて見ていたスクラッチたちの目の前で、突然ギンジュの姿が消えた。
化け物へと変わった男がどこへ消えたのかと視線を動かしていると、カゲツが言う。
「後ろだよ」
その言葉と同時に、化け物の巨体が宙を舞った。
ギンジュが化け物の脇腹を蹴り上げたのだ。
その一撃で、男の頭は天井に突き刺さり、しばらく首から下だけでジタバタしていたが、すぐに動かなくなった。
ギンジュが先ほど口にしたのは、この国を管理している企業――AISの幹部である
死に際にキジハからアンビシャスを受け取った後、ギンジュは今回のような場面に出くわしたときに使用している。
「思ったよりも呆気なかったな」
そう言ったギンジュは、先ほど投げ捨てた散弾銃を拾い、首吊り死体のようにぶら下がった化け物に向かって発砲。
弾をすべて撃ち尽くす頃には、肥大化した左腕と両足の部分から血が流れ、四肢を失った血袋となった男の残骸だけが残った。
「ス、スゲー! スゲーや、ギンジュさん!」
ワイルドが歓喜の声を上げると、ギンジュへ走り寄った。
彼がギンジュを称える中、プロテックはホッと胸を撫で下ろしている。
そんなプロテックの顔を、カゲツがニヤニヤと笑みを浮かべて見上げていると、彼はまたも怒鳴り出していた。
スクラッチのほうはいつもの無表情に戻ると、この廃墟から出ようと皆に声をかけた。
それからギンジュたちは廃墟ホテルを出て、停めていた車に乗り込もうとしたとき、突然大声が聞こえてくる。
「誰だテメェら! ウチらのシマでなにやってる!?」
それはスキンカラーズのメンバーたちだった。
どうやら何人かは廃墟のホテルから出ていたらしい。
それでも相手は4人ほどで、もはや勝負にはならないのは明白だった。
結果が見えているのもあったのだろう。
ワイルドが持っていた散弾銃を構えて、声の聞こえるほうへとひとり飛び出していく。
彼は先ほどのギンジュの凄まじい闘いに触発され、残った敵を自分だけでやるつもりだ。
「バカが勝手に飛び出してんじゃねぇ! 死にてぇのか!」
プロテックが声を張り上げて止めたが、ワイルドは散弾銃を撃ちながら威勢よく走っていく。
やってやる、いいところを見せるんだと言わんばかりに、自分にも実力も度胸もあると見せようとしていた。
「オラッ! 隠れてないで出てこ――ッ!?」
ワイルドが声を張り上げて突っ込むと、その頭は撃ち抜かれた。
呆気なくやられた彼は、そのまま人形のように倒れて身動きひとつしない。
「はぁ、だから言わんこっちゃねぇ……」
「あちゃ~死んじゃったね、あの人……」
プロテックが頭を抱えてため息をつき、これにはさすがのカゲツも呆れていた。
その後はギンジュがアンビシャスを使うまでもなく、カゲツとプロテック、スクラッチでスキンカラーズの生き残りを始末し、彼らは車へと乗り込んだ。
ワイルドが死んでしまったため、ワンボックスカーの運転はプロテックがすることになり、大きな声で文句を言い続けていた。
助手席では、カゲツがそんな彼を笑いながら宥めている。
後部座席ではギンジュが依頼主に連絡し、電子マネーで報酬を受け取っている最中だった。
「助かったよ、スクラッチさん。今あんたの口座に振り込むから」
ギンジュは、キジハのチームが何者かに皆殺しにされた後、スクラッチたちと手を組んでいた。
その理由は、キジハが死んだと知った他のチームらが、我先にと街を仕切ろうとした影響で秩序が崩壊したからだった。
この状況を変えたいと思ったギンジュは、カゲツの助言を聞き、ふたりに協力を頼んだ。
ヒバナはそんなことは無理だと言ったが、スクラッチは不信感を持ちながらもその提案を受け入れた。
これまでキジハのことをよく思っていなかったはずの彼だったが、どうやら今の街の状況は昔以上に受け入れがたいようだ。
「たしかに受け取った。しかし、いいのか。もらった報酬の半分も渡して。ヒバナのヤツにどやされるんじゃないか?」
「信頼できる助っ人が必要なんだ。それと稼ぎは均等に分けるのが、キジハさんのやり方だったから」
ギンジュは、憂いを含んだ笑みを浮かべて、プロテックに車を停めるように頼んだ。
カゲツとじゃれ合っていた彼は、適当に相槌を打ちながらブレーキを踏む。
ワンボックスカーからギンジュとカゲツが降りると、スクラッチが窓から顔を出してきた。
「えーと、ワイルドのことだけど……」
「あれはおまえのせいじゃない。遅かれ早かれ、ああいうのが長生きできないことくらいはわかるだろう。気にしなくていい。じゃあ、また仕事が入ったら連絡しろ。プロテック、出してくれ」
スクラッチは無愛想にギンジュに答えると、プロテックに車を発進させた。
走り去る車に大きく手を振るカゲツ。
どうやらスクラッチとプロテックは、仕事後のパーティーはやらないらしく、カゲツは手を振りながらも少し寂しそうにしていた。
「帰ろう、カゲツ。ヒバナが家で待ってる」
「うん! 晩ごはん楽しみだな~!」
寂しそうにしていたカゲツに声をかけたギンジュは、俯きながら彼の前を歩いていった。
慌てて追いかけたカゲツがその背中に飛びついたが、ギンジュは何の反応も見せずに、ただ歩を進めていた。
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