08

それから自宅に戻ったギンジュは、ヒビの入った骨壺を直すにはどうすればいいかと調べていた。


幸い中身はこぼれていない。


弁償するように言い、大学生らから金は手に入れていた。


何か変わるわけではないが、せめて死んだ後くらい人並みに綺麗な骨壺に入れて埋葬してやりたい。


あとは骨壺を扱う業者や販売元を探すだけなのだが。


「ああ! わかんねぇぞ! どうやって使うんだよスマホって!?」


ベットに寝転んでスマートフォンを操作する。


だが今まで触れたこともないので、いまいち使い方がわからない。


どうやったかはわからないが、神崎はギンジュの指紋でスマートフォンのロックを解除できるようにしていたようで、画面を開くことはできた。


だが、見たこともないアプリがたくさん入っていて、どれでネット検索をするのか、ギンジュは悪戦苦闘する。


「まあいいや、とりあえずなんか食ってからやろう」


スマートフォンをいじっているうちに腹が減ってきたギンジュは、ベットから立ち上がると冷蔵庫のある部屋へ向かう。


ギンジュの住んでいるアパートは1LDKで、5畳ほどの居室と、8畳のリビング、ダイニング、キッチンがある部屋だ。


8畳の部屋をくつろぐ空間とし、ベットにあったところは弟のコウギョクふたりで寝室にしている。


もうひとつの部屋はものだらけで、ゴミ捨て場から拾ってきたまだ使えるもので溢れている。


リビングにはソファーと掃除機が見え、それとコウギョクが使っていた文房具が隅に山積みになっていた。


今どき、どこの家庭でも使われていないテレビをつけ、冷蔵庫を開けて中からリンゴを手に取った。


そいつをかじりながら画面に目をやると、先ほど街を歩いていたときに見た貿易会社の社長が映っている。


同じニュースを何度もやっているのだろう。


《社長の成功の秘訣はなんでしょうか?》


《それはもちろん努力です。今の時代、頑張れば誰でも大金持ちにはなれなくとも小金持ちにはなれる》


インタビュアーからされた質問に、意気揚々と答える中年の男を見てギンジュは苛立ちを覚えていた。


貿易会社の社長は、能力主義となったこの国では、溢れている情報から自分に合うものを実践し、研鑽を積み続けることが大事なのだと口にする。


社長の話を聞いたギンジュは、なら弟は努力が足りなかったのかと、大学生らをぶちのめして収まった怒りが沸々とよみがえってきていた。


「ふざけやがって……なにが努力だよ。それじゃコウギョクなんで死んだんだよ……」


気が付くと鼻から血が出ていた。


殴られたときは出ていなかったのに、今さらなんで鼻から血が流れるのか。


頭に血が昇り過ぎたのかと、手で鼻血を拭う。


そのとき、ギンジュは思い出した。


街で見た大型ビジョンで貿易会社の社長が、得意げに海外から買い付けた金塊について語っていたことを。


たしか明日、この街にある会社の倉庫へ運ぶらしいことを。


「いっちょやってやるか……」


能力主義となったこの国で犯罪をする人間などいない。


実力さえあれば裕福になれるのだ。


持たざる者イコール無能であり、そんな人間では犯罪さえできない。


だが、今のギンジュにはアンビシャスがある。


先ほどやり合った裕福そうな大学生らよりも強力なスマートドラッグがある。


動くものがすべてスローモーションに見えるような魔法の薬がある。


運搬車を襲撃し、金塊を奪うことぐらい簡単にできるはずだ。


警備員が銃を持っていようが関係ない。


相手が何かする前に、自分の拳がそいつらを吹き飛ばす。


「もう俺に失うものなんかねぇんだ。だったらいい気になってる金持ち連中を調べて、一人ひとり痛い目に遭わせてやるのも楽しいかもな」


そうだ。


世直しだ。


警察に捕まって死刑になろうが関係ない。


弟を殺したこの世界に復讐してやるんだと、ギンジュは誰もいない狭い部屋で吠えていた。


能力がないから。


スキルがないから。


そのための努力ができないからと、散々社会での居場所を奪われ続けた彼にとって、心のよりどころだった弟コウギョクは不条理にも死んだ。


ギンジュはあのとき、入院したときにすぐに手術すれば助かったと思うと、弟を見捨てたのはこの世界だと怒りに身を震わせる。


かじったリンゴを放り投げ、骨壺のある部屋へ向かう。


そして、蓋を開けて弟の骨をかっ喰らう。


「そうだよ! 思い知らせてやる! 俺の、俺たちの不幸と絶望を、連中に味あわせてやるんだ!」


ガリガリと骨を歯で砕きながら飲み込む。


味なんて気にしない。


これがおかしい行為だとは思わない。


弟の無念を血に変えて一緒に暴れてやる。


今の自分にはその能力がある。


すべてはスキルだ努力だというなら、それを全部ぶっ壊してやる。


コウギョクの骨をすべて食べ終えたギンジュは、空になった骨壺をテレビ画面に投げつけるとスマートフォンを手に取った。


「明日、明日だよな! 今から倉庫を調べて襲ってやる! 邪魔する奴らは全員ぶっ殺して俺たちから人生を奪ったことを後悔させてやるぅぅぅ!」

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