09
――次の日の朝。
ベットから体を起こしたギンジュは、洗面所へと向かい、そこにあった鏡を見た。
そこに映る自分の顔を見て、彼は目の周りにある隈が広がってるように感じる。
いくら睡眠を取っても消えない黒い影。
ギンジュは、弟コウギョクの骨を喰ったせいかとも思い、それならむしろ嬉しいと鏡の中に向かって笑みを浮かべる。
それから顔も洗わず、食事もとらずに、フライトジャケットを手に取ってアパートを出ていく。
貿易会社の社長が海外で手に入れたという金塊を奪うために倉庫へと向かう。
運搬車がどこから行くのか、その運ぶ時間すらもわからないので、とりあえず早朝から出発したが、もちろん貿易会社の倉庫の場所は調べてある。
あとは倉庫の側に陣取って、金塊が運ばれてくるのを待つだけだ。
強盗という面で考えるならば、ギンジュが考えた作戦はリスクが大きすぎる。
通常、運搬車を襲うのがセオリーなのだが、そのための情報も移動手段も彼は持っていなかったので、行けばなんとかなるだろうと歩を進めていた。
行き当たりばったりでもギンジュに不安がないのは、彼が強力なスマートドラッグ――アンビシャスを持っているからだ。
さらに、それ以上に今のギンジュには、昨夜決意した弟と自分の不条理を世に振り撒くということで埋め尽くされているため、それ以外のことはどうでもよかった。
ギンジュは、これから自分がすることに胸を弾ませながら、誰もいない早朝の街をかっ歩する。
照らす朝日を見上げ、彼はこれまで感じたことのない高揚感を味わっていた。
これだけ清々しい気分になったのは、弟コウギョクがAISアカデミーの入学が決まったとき以来だと、空に見える鳥やそこらにいた野良犬に手を振りながら進んでいく。
数時間歩き、目的地である倉庫へと到着。
出入り口には無人の自動ゲートがあり、他は高い壁で囲まれているため、侵入するのは難しそうだ。
だが、アンビシャスがあればこんな壁など簡単に飛び越えられる。
家から出てかなり時間は経過していたが、ゲートから中を見るにまだ出勤している人間はいなさそうだ。
ギンジュは、しばらく様子を見ることにすると、車の走る音が聞こえてきた。
視線を移すと、そこにはオーソドックスなライトバンが見えたが、車両の後部が強固な箱になっているようだった。
よくある現金輸送車のボディだ。
警備会社名が書かれてないのが気になったが、ギンジュは大して待つことなく金塊を運んできたと思われる車を見てほくそ笑む。
「神さまが味方になってくれてんのか……。いや違う、コウギョクだ。コウギョクがあの世から俺を応援してくれているんだ」
この幸運は、弟が背中を押してくれている。
自分に世界に目に物見せてやれと、後押ししているのだ。
そう解釈したギンジュは、ポケットからピルケースを出して、中から錠剤をひとつ手に取る。
その間、運搬車はゲートの前に止まると、運転手が側にあった機器にセキュリティカードをかざしてゲートを開き、中へと走っていった。
それを見たギンジュは、手に取ったスマートドラッグ――アンビシャスを口へと放り、ゴクリと飲み込む。
「きた……きたきたきたきたぁぁぁ!」
脳みそに電気が流れるような感覚。
両目の瞳孔が開き、全身の神経が研ぎ澄まされていく。
それは肉体だけではなく、もちろん頭もこれまでにないほどクリアになる。
ギンジュは、昨夜大学生の集団を相手にしたときよりも、アンビシャスの効果を感じていた。
全能感、万能感。
オールラウンド、オールマイティー。
できないことなど何もない、そう細胞の一つひとつが自分に語りかけてくる気分だ。
ギンジュは両手の指を慣らすように動かすと、その場で跳躍。
背中にある高い壁を後方転回――バク転で飛び越す。
倉庫の敷地内にスタッと小さな音を立てて着地し、建物へと向かっていく車を眺める。
「車が停まってからでいっか。そのほうが警備の奴らも多そうだしな」
自分に相談するかのように独り言を口にしたギンジュ。
彼はヘラヘラと笑い、敷地内のアスファルトを踏みしめた。
そして表情はそのままに、ポケットへ両手を突っ込んでゆっくりと車の跡を追う。
敷地内はやはりまだ誰も出勤していないのか、静かなものだった。
ゲートを抜けた運搬車の走る音だけが聞こえている。
ギンジュが歩きながら運搬車を眺めていると、建物の目の前で停まり、シャッターが開いて再び動き出して中へと入っていく。
それを見たギンジュは、あそこが金塊を下ろす場所かと思って進んでいくと、突然建物のシャッターが下り始めた。
閉まったら面倒だと思った彼は、慌ててダッシュ。
物凄い速度で駆け、かなり距離があったにも関わらず、シャッターが閉まる前に建物内へと入り込む。
これからが本番だと、ギンジュが目の前にある運搬車から降りてくる人物を見据えると、そこには――。
「あれ、アンタ誰? 警備員には見えないけど」
運搬車の助手席から出てきたのは、自分よりもずっと幼い褐色の肌をした少年だった。
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