10
オーバーサイズのボリュームネックパーカーを着た少年が、不可解そうにしていると、運転席から声が聞こえてくる。
「おい、カゲツ。誰と話してんだ? そこに誰かいんのか?」
ガラガラした女の声。
その荒っぽさからしてもうひとりも警備員とは思えない。
ギンジュは周囲を見渡しながら身構える。
建物内に他に人間はいない。
ただ何もない空間が広がっているだけだ。
警戒するギンジュを無視して、カゲツと呼ばれた少年は、歩を進めて運搬車のバックドアを開いた。
二重扉が開かれると、そこにあったのは金塊ではなく、人の姿が見える。
運搬車の金庫内にいたのは女で、隻眼ではないが右目に傷がある。
見た目の年齢は、ギンジュよりも年上に見える妙齢の女だ。
「ヒバナ、アンタも出てきな。どうやら金塊強盗のお出ましみたいだよ」
妙齢の女が車から出てくる。
両サイドと後頭部を刈り上げたロングヘアを後ろで束ね、上着にはレザージャケットを羽織っていた。
その背筋を伸ばした立ち姿は、2メートルはあるかという長身で、身構えているギンジュを見下ろすように眺めている。
彼女に呼ばれて運転席にいたガラガラ声の女が車から出てくると、少年カゲツのほうがギンジュのほうへ向かってきていた。
ギンジュは、先約がいたのかと驚きを隠せなかった。
まさか自分と同じことを考えている人間がいるだなんて、思ってもみなかったのだ。
どうやらこの3人組はすでに金塊を手に入れてしまっているようだが、そんなことは関係ない。
奪い返してやると思ったギンジュは、向かってきていた少年に飛びかかる。
「カゲツ!? 不用意に近づいてんじゃねぇぞバカ!」
運転席から降りてきたヒバナと呼ばれた女が叫んだ。
金髪のワンレングスが揺らし、ヒバナが慌てて動き出していたが、ギンジュからすれば遅すぎる。
アンビシャスを摂取しているギンジュからすれば、相手のは動きはすべてスローモーションに見えるのだ。
ギンジュはまずカゲツを蹴り飛ばすと、次に2メートルはある長身の女を狙った。
少年が吹き飛ぶ速度とほぼ同じスピードで、女の腹部にボディブローを喰らわそうとしたが、ギンジュの拳は空を切った。
そして次の瞬間には、どうしてだが自分の顔面を女の拳が貫いていた。
スピードがついていた分、衝撃が足されて、ギンジュは倉庫内の壁に吹き飛んで叩きつけられる。
「な、なんだ今のは!? 俺のほうが速いのになんで!?」
「さっすがキジハ姉さん! ほらカゲツ、アンタもちょっとはいいとこ見せな」
ガラガラ声の女――ヒバナが長身の女を褒め称えると、カゲツに声をかけた。
カゲツは先ほど蹴り飛ばしたはずだと、ギンジュは何をバカなことを言っているんだと思っていたが、自分の顎に衝撃が走る。
それは、先ほど倒したはずの少年――カゲツだった。
カゲツはいつの間にかギンジュに近づいていて、彼にローリングソバットを喰らわせたのだ。
「なんで……? だっておまえは……くッ!?」
ギンジュはわけがわからないままだったが、このままでは不味いと思い、カゲツから距離を取った。
そして、動いてみて改めて思う。
キジハと呼ばれる女もカゲツという少年も、自分のスピードにはついて来れていない。
やはり動きはスローモーションだ。
さっきのはまぐれ当たりだと、気を取り直して再び飛びかかろうとした。
だが突然右足に激痛が走り、ギンジュはその場で転んでしまう。
下り坂を勢いよく転がされた岩のように、ギンジュはゴロゴロと回転して運搬車の側面に激突した。
「ハッハァッ! ビンゴ! アタシの狙いを避けられると思ってんじゃねぇぞ!」
顔を上げると、ヒバナと呼ばれた女が拳銃を持って歯を見せていた。
どうやら足を撃たれて、ギンジュは転ばされたようだ。
撃たれた足から血がダラダラと流れているが、今のギンジュには、痛みよりも戸惑いのほうが脳を支配していた。
自分はアンビシャスを使っているのだ。
実際に、この場にいるすべての人間の動きはスローモーションに見えている。
それなのに、どうしてこの三人組は正確に攻撃を当てられるのかと、戦うことも逃げることも忘れてしまっていた。
「動いたら殺す。こっちの質問にだけ答えろ」
気がつけば囲まれていた。
正面に立つキジハに、カゲツとヒバナがそれぞれギンジュの左右に立っている。
「おまえらもスマドラを使ってんのかよ」
「勝手に喋るな。こっちの質問にだけ答えろと言っただろう。それとも、このまま死にたいのか?」
キジハがギンジュに拳銃を突きつけた。
銃口の冷たい感触が額から伝わってくる。
だが、それでもギンジュは怯えていなかった。
隈のある両目でキジハを睨み返している。
しばらく沈黙が続くと、カゲツがにやけながら口を開いた。
「ねえ、キジハ。この人いいよ。絶対絶命なのに少しも怖がってない。ボクらの仲間にしちゃおう」
「またか。おまえはどうしてそう仲間を増やしたがるんだ」
あっけらかんと言ったカゲツに、キジハは呆れながら返事をしたが、視線はギンジュを見つめたままで、銃口を下ろす様子はなさそうだった。
そんなキジハの手を両手で握り、カゲツは物をねだる子供のように彼女にすがりつく。
「お願いだよぉ。このお兄さんは絶対に使えるって。だってたったひとりで倉庫に入って来れるんだよぉ。仲間にしたら役に立つって」
「おい、カゲツ! こいつがひとりとは限らねぇだろうが! 大体金塊を狙うようなヤツが、なんの後ろ盾もなく強盗なんかするかよ!」
ヒバナがカゲツの体を無理やり引き離すと、キジハは口を開く。
「いや、こいつはひとりだ。しかもかなりの考えなしだよ。もし誰かの指示でやっているなら、わざわざ車が倉庫に入ってから狙わない」
そう言ったキジハは、銃口を下ろすとギンジュの顎をクイッと手で引く。
「おまえは何者だ?」
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