11

高圧的な態度で接するキジハを見て、カゲツはさらに暴れ出した。


これから仲間になる人間になんでそんな真似をするのだと、取り押さえているヒバナのことを振り払おうとしている。


「おい、カゲツ! 暴れてんじゃねぇって! これ以上姉さんに迷惑かけんな!」


「ヤダ、ヤダよ! このお兄さんはボクの仲間にするんだ! キジハがそんな言い方したら、お兄さんが嫌な気持ちになっちゃうじゃん!」


ギンジュは仲間の考えを無視してわがままを言い続けるカゲツを見て、つい笑ってしまっていた。


強面の女に顎を掴まれて脅されているという状況なのに、何もかも忘れて表情を緩めてしまっている。


(あいつも……コウギョクにも……ああいうときがあったな)


ギンジュは、亡くなった弟のことを思い出していた。


けしてわがままなど言わない弟だったが、一度決めたことには強情で、そういうときはよく兄弟喧嘩をしたものだ。


ジタバタと暴れるカゲツの姿に、弟コウギョクが重なったギンジュは、微笑みながらも瞳が潤んでしまっている。


そんな彼の顎を掴んでいたキジハは、その手を放した。


それから彼女は、大きくため息をついて言う。


「わかったよ。おまえの言い分を聞いてやる」


「ホント!? やった! ありがとうキジハ!」


ギンジュから離れたキジハに向かって、カゲツは満面の笑みを浮かべて暴れるのを止めた。


そんなカゲツを取り押さえていたヒバナは、ギュッと少年の首を締め上げる。


「ちょっと姉さん! いいのか!?」


「ヒバナも放してやんな。カゲツがこうなったら、思い通りになるまでずっと喚き続けるのはアンタも知ってるだろう」


キジハに言われて苦い顔をしたヒバナは、手を放すとカゲツの顔を思いっきりつねった。


そして、痛がるカゲツを頬を引っ張り上げる。


「痛ッ!? 痛いよヒバナ! やめて、やめてよ!」


「うっさい! ったくアンタはなんでいつもこうなんだ! わがままばっか言いやがってよ! それとな。姉さんはアンタの言い分を聞くと言っただけで、まだこいつを仲間にすることを認めたわけじゃねぇぞ!」


聞き分けのない子供を叱りつけるように。


ヒバナは、そのガラガラ声でカゲツに言って聞かせた。


耳元で叫ばれたせいもあってか、カゲツは耳を手で押さえて苦い顔になっている。


その様子を呆けた顔で見ていたギンジュに、キジハが再び訊ねた。


それは先ほどと同じ質問だったが、彼女から敵意を感じなくなった影響か、ギンジュは素直に自分のことを話し始める。


「俺は何者でもねぇただの男だよ。どっかの組織に所属しているわけでもねぇし、金塊がほしかったわけでもねぇ。ただちょっと凄いスマートドラッグを手に入れたから、いい気になってる連中相手に暴れたかっただけだ」


「たしかにさっきの動きはちょっとフツーじゃなかったもんな。でも、あそこまで速く動けるスマドラなんてあったっけ?」


ヒバナが口を開くと、キジハが彼女を睨んだ。


姉さんと呼ぶ女の意図を察したヒバナは、ヘイヘイとでも言いたそうな顔でそれ以上喋るのを止める。


その姿を見たカゲツが笑っていると、ヒバナは先ほどと同じように彼の首を締め上げた。


苦しそうにしているカゲツとムスッと不機嫌そうなヒバナに呆れながら、キジハはギンジュに言う。


「コイツらのことは気にしなくていい。話を続けな」


運搬車に寄りかかったキジハを一瞥し、ギンジュは俯きながら話を続けた。


自分にはコウギョクという弟がいて、両親がおらず施設で育ったこと。


才能と努力が認められた弟が、AISアカデミーに入学が決まったこと。


そして、弟が突然病気になってしまい、手術代が払えないせいで死なせてしまったこと。


他にも自暴自棄になって死んだ弟の遺骨を食らったことなど、すべてを話した。


「そいつはなんつーか、気の毒だったな……」


ヒバナがカゲツの首を絞めたまま呟いた。


その悲壮感のある声を聞いたカゲツは、彼女のことを見上げて沈んだ表情をしている。


それから彼はヒバナから離れると、キジハの手を取った。


「ねえ、キジハ。話も聞いたし、お兄さんを仲間に入れようよ」


ねだるカゲツに視線を向けると、キジハはすぐにギンジュのほうを見た。


ヒバナやカゲツとは違い、表情に変化のない彼女に見つめられ、ギンジュは思わず息を飲む。


今さらながら恐怖を覚え、手足が震えてくる。


キジハの顔は、アンビシャスによる高揚感が吹き飛ぶほどの冷たいものだ。


彼女の言葉次第では、自分の人生が終わると思うと、なんで金塊なんて盗もうとしたのだろうとギンジュは後悔していた。


いくら強力なスマートドラッグを手に入れても、所詮自分のような人間では、場慣れしたプロに勝てるはずもなかった。


この3人組は特別……。


いや、たとえ相手が警備員でも同じ結果だったかもしれない。


どちらにしても馬鹿なことをしたと、キジハから視線をそらす。


「アンタ、名前は?」


「ギンジュ、だけど」


「姓はないのか。まあ、施設出身者ならそうか。よし、ギンジュ。アンタが使えるかどうか試してやる」


「え……? 試す……?」


呆気にとられた様子で返事をしたギンジュ。


その傍では、カゲツが声を上げてバスケットボールのように弾んでいた。

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