12

その後、ギンジュは解放された。


キジハからまた連絡するとだけ言われ、持っていたスマートフォンのアドレスを教えて倉庫から出る。


時間はまだ朝のままだったが、ギンジュにとってはもう一日が終わったような感覚だった。


家から金塊強盗をしようとして、たった数時間しか経過していないのが不思議でしょうがない。


「これからどうなっちゃうんだろ、俺……。それと、あいつらって……」


結局、彼女たちは何者だったのだろう。


確実に犯罪者だとは思うが、そのメンバーがおかしな感じだったとギンジュは思っていた。


強面の妙齢の女性、キジハ。


自分とそう変わらない少女といってもいい年齢の娘、ヒバナ。


そして、どうも見ても犯罪とは無縁の少年、カゲツ。


「ハハ……コウギョク、お兄ちゃん、なんかとんでもないことになっちまったよ……」


ひとり街を歩きながら笑う。


いなくなった弟に語りかける。


振り返ってみても笑うことしかできない。


カゲツという少年のおかげで命は助かったが、ギンジュにはもうキジハたちの仲間になる道しか残っていなかった。


もし断れば、彼女たちの顔を見ているのもあって口封じのために殺されるだろう。


どこか遠く、たとえば海外にでも逃亡できるだけの金もない。


ならば、このまま警察に出頭して保護してもらうか?


金塊強盗をしようとして失敗し、先に来ていた犯罪グループに狙われていますとでも言うか?


運良く助かってもその後はどうする?


また底辺の仕事をして前の暮らしに戻るのか?


もうコウギョクはいない。


弟は死んだ。


それなのに、真面目に生きてどうするんだ?


コウギョクの遺骨を喰ったときに、もう覚悟を決めたはずだ。


この、裕福な人間だけが幸せを享受できる世界に復讐をしてやるんだと。


犯罪者なんておあわつらえ向きじゃないか。


それと、自分ひとりでできることには限界がある。


今回のことでわかった。


いくら強力な武器――アンビシャスがあっても、知恵も経験もない人間が単体では集団には敵わない。


キジハたちが何者かは、彼女らが犯罪者であること以外はわからないが、少なくともただの悪人ではなさそうだ。


ギンジュはそう考えると、空を見上げた。


通勤で人が動き始めた街とは違い、雲一つない晴天がどこまでも広がっている。


歩いている人間たち誰もが浮かない沈んだ顔をしているのに比べて、自分はどうしてこんな清々しい気持ちになっているのだろう。


社会の底辺から犯罪者へ。


大昔からよくある話だが、気分は悪くはないと、ギンジュは青空に向かって微笑む。


「……コウギョク、犯罪者になるお兄ちゃんを許してくれよな……」


路上に座り込んだギンジュは、急に猛烈な睡魔に襲われて、そのまま眠ってしまった。


ハッと目を覚ますと、空はもう暗くなっていた。


それでも街は、朝と変わらず人でごった返している。


どうやら夜まで路上で寝てしまったらしい。


「なにしてんだ、俺……。つーか、誰か起こせよ。警察もなにしてんだ。道端で人が寝てんだぞ、仕事しろよ」


ギンジュは、ブツブツと文句を言いながら身体を起こすと、ポケットに手を伸ばして何か盗まれていないかを確認する。


特になくなっているものはなさそうだ。


彼は、路上で爆睡している人間になど誰も関わりたくないよなと笑うと、財布から小銭を出して、側にあった自動販売機でミネラルウォーターを買った。


こうやって自動販売機を使うのはいつ以来だろう。


前は絶対にこんな無駄な買い物はしなかったが、今はともかく喉が渇く。


ギンジュは、ミネラルウォーターを一気に飲み干すと、ポケットに入れていたスマートフォンが震えたので手に取った。


画面に映っているのは当然知らない番号だが、誰からかは大体わかっている。


あの3人組の誰か、またはこのスマートフォンをくれた神崎だろう。


「あっ倉庫でのこと、神崎さんに言ったほうがいいかな……」


そう口にした後に、別に伝えておく必要はないかと思ったギンジュは電話に出た。


《おーす、ギンジュ。ボクだよ》


聞こえてくる少年の声。


電話をかけてきたのはカゲツだった。


ギンジュは、その屈託のない声を聞いて思わず微笑んでしまっていた。


「おう、カゲツだっけ? どうした?」


《もう忘れちゃったの? ギンジュが使えるかっていうテストの話》


ギンジュの反応から、カゲツが少し不機嫌そうにしているのがわかる。


そういえば別れ際にキジハがそのようなことを言っていたことを思い出したギンジュは、慌てて返事をする。


「そうだったな! 忘れてねぇよ! それで、そのテストって何をするんだ? それと、なんだけどさ……」


《うん? なに?》


「もし俺がテストに失敗したら、やっぱ殺されるのかな……?」


《大丈夫だよ。ギンジュなら絶対受かるから》


「おまえ……簡単に言ってくれるな。こっちは命がかかってるってのによ」


ギンジュが呆れていると、スマートフォンからカゲツの笑い声が聞こえてくる。


なんだか上手く言えないが、この少年の明るい声を聞くと気持ちが落ち着く。


それに、こう言ってくれているのだからきっとテストというのも難しいものではないのだろうと、ギンジュは笑い返した。

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