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全長が伸びているため、リムジンの車内はまるで神崎の部屋のようだった。


車内全体から上品な香りがする。


それほどきつくはないが、香水でも使っているのだろう。


座席のソファーはフカフカでゆったりと背を預けることができ、目の前に見える大画面のモニターで映画でも見て横になれば、すぐに眠ってしまいそうだ。


これだけラグジュアリーな空間を体験できるのは、この街では一握りの人間だけだ。


施設育ちの人間からすれば夢見心地になりそうだが、ギンジュにとってこの空間は落ち着かない。


ヒバナやカゲツと狭いマンションで騒いでいるほうが性に合っていると、彼は出されたシャンパンを一気に飲み干した。


「おいおい、乾杯くらいしたかったんだがな」


そう言って笑った神崎は、ギンジュに向かってグラスを揺らすと、シャンパンを一口飲んだ。


正直いって、ギンジュは神崎のことがあまり好きではなかった。


その理由はキジハからは、アンビシャスをくれた人物とは関わるなと言われていたから――。


高価なスマートドラッグを貧困層に譲るには何か事情があると、ギンジュ自身も後になって、彼女の言葉の意味を考えたからだった。


病気で死んだ弟コウギョクのことを買っていてくれた縁で今でも世話になっているが、できることならばAISの人間などと関わりたくない。


だがそれでもキジハのように、街を、ヒバナやカゲツを守るには、この男の協力と強力なスマートドラッグ――アンビシャスは必要だ。


皮肉にも強力なドラッグを使い続けて中毒者ジャンキーになりかけていたキジハと同じ道を、ギンジュもまた歩くしかなかった。


持たざる者が大事なものを守るには、リスクを冒す以外に方法などない。


もう大事な人を失いたくないギンジュには、今のやり方しかない。


たとえ好きでもない人間に頼ることになろうとも、このままドラッグで体がボロボロになろうともだ。


未来など考えてる余裕はない。


今だ。


今日だ。


現時点をクリアしない限り、未来どころか明日すらも生きていけないのだ。


ギンジュが神崎に視線を向けると、彼はやれやれと言いたそうに口を開く。


「頼まれていた案件だが、廃工場を調べることはできなかったよ。あそこら街頭カメラがないからな」


ギンジュが神崎に頼んだ案件とは、キジハのチームのアジトを襲撃した犯人を探してくれというものだった。


神崎はAISの幹部であるため、街頭カメラに保存された記録を確認できる権限がある。


これもギンジュが彼とまだ関わっている理由のひとつだった。


「近場のカメラでそれらしい連中は映ってなかったのか? 人数も結構いそうだったし」


「残念だが、決定的な映像はない」


だがアジト周辺にはカメラが設置されておらず、少し離れた位置にあったカメラに残された映像からは、犯人に近づく手掛かりは見つからなかったようだ。


神崎の言葉を聞いたギンジュは、目の前のテーブルを握った拳で叩いた。


飲んだアルコールが進展しないことを煽ってくる。


どこにいるんだ。


そもそもなぜキジハたちを殺した。


彼女を殺して喜ぶ奴なんてこの街にいるのかと、殺害する理由なんてないだろうと考えて激しく憤る。


「捜査の基本として、最初から考え直してみよう。まず、おまえたちのアジトの場所を知ってる人間は、チームの者以外にいるのか?」


「いないはずだ。ヒバナの話だと、仲間以外にアジトの場所は教えていないらしい。いや待てよ、そういえば……」


ギンジュはあることを思い出した。


それはつい先ほどのことで、仕事のときの会話だ。


「おまえたちも廃工場をアジトにしてただろう。意味なんてない、ただたまり場にはちょうどいいというだけなんじゃないか」


この街のチームの多くが廃墟をアジトにしている理由を、ギンジュが何気なく訊ねたとき、スクラッチはたしかにキジハのチームが廃工場をアジトにしていることを知っていた。


スクラッチはキジハが健在時には、彼女のことを嫌っており、互いに関りはあるもののチームのメンバーではなかったはずだ。


それなのにどうしてスクラッチがアジトの場所を知っている?


まさかキジハたちを殺したのはスクラッチなのか?


もしそうなら、自分は今かたきと一緒に仕事をしているのかと、ギンジュは両手で顔を覆って音が聞こえるほど歯軋りする。


ギリギリ、ジリジリと、まるで石でも噛んでいるかのような不快音を口から鳴らし、鬼の形相になる。


「どうした? なにか思い出したのか?」


「いや、なんでもない……。これ以上考えても意味ないし、仕事の話をしよう」


「無理をしているんじゃないか。目のくまも以前より酷くなっているぞ」


心配などしてないくせに。


ギンジュは、アンビシャスを渡しておいてそんなことを言うのかと、内心で呆れる。


新種のスマートドラッグに、どのような副作用があるか調べたくて使わせた人間が、今さら何を言うのか。


いいからあんたは犯人の手掛かりでも探せよと、心の中で文句を言った。


どうせこの男から見れば、自分のような人間は使い捨ての道具だ。


所詮はコウギョクの兄だったというだけの縁。


それが、街のゴミを掃除する実験体に変わっただけだ。


ヒバナやカゲツのようには心を許せない。


「大丈夫だよ。あんたが心配するようなことはない。俺は、大丈夫だ」


「それならばいいが。まあ、何かあれば言ってくれ。私にできることはなんでも協力する。それと、これも一応渡しておこう」


神崎はテーブルの上にピルケースを置いた。


これを使えるうちは――だろうなと、ギンジュは、神崎に対する不信感を飲み込んで、次の仕事の説明を求めた。

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