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――街の騒動から数年後。


神崎はAISの幹部から組織の中枢を担う地位に就いていた。


それはもちろん、彼が開発したスマートドラッグ――アンビシャスのおかげだった。


アンビシャスを使った取引によって、国家を失った日本は再び世界から注目されるようになり、日本イコールAISと、組織の名を知らしめることに成功したのだった。


今、神崎はプライベートジェットで日本国内にある自宅へと戻って来ていた。


広い庭には大理石でできたオブジェやプールが見え、さらには警備ドローンが24時間巡回し続けており、けして侵入者を許さない。


引き連れていたスーツ姿の部下たちは、神崎を囲むように歩いている。


まるで大統領につくシークレットサービスだが、今の彼はそれくらい重要人物ということの表れだ。


久しぶりの自宅でゆっくりと休暇を楽しもうとしていた神崎が、目の前の豪邸に入ろうとした瞬間。


周囲を守っていた部下たちの頭が吹き飛び、庭を飛んでいたドローンがすべて撃ち落された。


「なんだ!? 一体どうなっている!?」


慌てて叫ぶ神崎。


セキュリティ万全の自宅で、どうしてこんなことが起きるのだと、彼はその場で右往左往していた。


そんな神崎の背後から男が声をかけてくる。


「このジャケットに見覚えある?」


その声と同時に、振り返った神崎の目に入ったのは、レザージャケットを着た褐色肌の男だった。


褐色肌の男は、神崎が狼狽うろたえているのを見て、笑みを浮かべて口を開き、舌を出す。


その舌には錠剤があり、それを見た神崎は、さらにしどろもどろになっていた。


「おまえは――ッ!?」


神崎は叫びながらもジャケットの内ポケットに手を入れたが、一瞬で喉を潰された。


そのまま痛みを感じる前に地面へと叩きつけられ、褐色肌の男が覆いかぶさってくる。


胴体に正対し馬乗りになった状態――格闘技でいうところのマウントポジションの体勢になった。


その態勢のまま、褐色肌の男は神崎に顔を近づけて、彼の頬に舌についた錠剤を舐めるようにつける。


喉が潰された神崎は、恐怖を感じながらも叫ぶことができず、ただ必死で暴れていた。


だが、抜けることはできない。


両手を押さえつけられている神崎は、唯一動かせる足をバタバタとさせているだけだ。


「ねえ、答えてよ。早く言わないと手足を順番に潰しちゃうよ」


「ふぅッ! ふぅッ!」


激しく呻く神崎には、当然答えられない。


喉の器官が潰された彼は喋ることなどできない。


褐色肌の男は、そんなことは知らないとばかりに、まず神崎の右足を引き千切った。


あまりの痛みに暴れるが、もちろん逃げることなどできない。


早く言えと言葉を続けながら、それでも神崎が答えないので、褐色肌の男はまるで木の枝を折るように次々に残りの四肢ももぎ取っていく。


すべての手足を取り終わると、彼は、何かに気がついたようにポンッと手を打ち鳴らす。


「あ、ごめん。もう喋れないんだったね。まあ、覚えてなくてもどっちでもいいや。じゃあ、ボクは帰るから。もし生きてたら、また会おうね~」


四肢を失い、喉が潰されて声も出せない神崎を置いて、褐色肌の男は愛想よく手を振って去っていく。


そして、自分の血でできた水たまりに浸からされた神崎は、凄まじく身をよじらせながら、自分の死を認められないかのようにもだえ続けるのだった。


――日本の中心から離れた小さな町に、女性ひとりが営んでいるレストランがあった。


そのレストランにはメニュー表がなく、やってきた客が食べたいものと、店にある材料から料理を作るという変わったシステムだった。


こんなやり方で売り上げがあるのかと思われるが、これが意外にもうけ、店が大きくないのもあってそれなりにやっていけていた。


「ねえ、ヒバナ姉さん。前から思ってたけど、その写真の人たちって誰なの?」


「あーそれ、あたしも思ってた。友だち? それとも家族とか?」


店に食べに来ていた女子学生ふたりが、店長の女性に何気なく訊ねた。


店のカウンター側の壁には、フォトフレームに収まった写真がいくつもあった。


今どき写真はデータでやり取りしているのもあって、ずいぶんとアナクロな趣味だったのもあり、彼女たちはずっと気になっていたようだ。


「そうだね。まあ、家族っていってもいいかもね」


店長の女性は、その金髪のワンレングスをかき上げて笑みを見せる。


その笑顔から何かを察した女子学生ふたりは、写真に近づいてジロジロと見始めた。


店長の女性がウザったそうに追い払うと、彼女たちは意地の悪い笑みを浮かべる。


「昔の男とかも映ってんでしょ。もっとよく見せてよ」


「そうだよ、姉さん。わざわざ店に飾るくらいなんだから、突っ込まれたかったんだってバレバレだよ」


「アンタらねぇ……」


ワナワナと身を震わせて、店長の女性は怒鳴り出した。


すると、女子学生ふたりは慌てて店を出ていく。


それから彼女たちは、店の外まで追いかけてきた店長の女性に向かって、また食べにくるねと大声で言いながら楽しそうに逃げ出していった。


去っていった女子学生ふたりを見て、店長の女性は昔のことを思い出していた。


それは、彼女が弟のように思っていた少年のことや、写真に見える者たちのことだった。


今はどこで何をしているのだろうと、店長の女性の表情に憂愁ゆうしゅうの影が差す。


「ギンジュ……あいつのこと、見守ってやってね……」


雲ひとつない空に向かって願いを込めるように、店長の女性はそう呟いた。


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オール·イズ·スキル~持たざる者はどう生きる コラム @oto_no_oto

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