34
――ヒバナとの夜、そして騒がしい3人での朝食から数日後。
ギンジュは
今回は今までよりも規模が違うことを事前に聞かされていたのあって、いつも以上に気を引き締めている。
その違いとは、このところ街で暴れていた半グレのチームたちが、ギンジュたちの存在に気がつき、互いに手を組もうとしているからだった。
今夜はその集会所への襲撃だ。
街のゴミを一掃できる絶好の機会。
神崎が事前に仕入れた情報で、街の荒くれ者たちが集う場所を知り、ギンジュはいつものメンバーでそこへと向かっている最中だった。
「なあ、ギンジュ。その情報はたしかなんだろうな?」
フルスモークのワンボックスカーのハンドルを握りながら、プロテックが訊ねた。
彼はその情報が本当ならば、こちらの戦力では心許ないと不安そうにしている。
たしかにプロテックの言う通り。
ギンジュたちは、彼とプロテック、それからカゲツとスクラッチ4人という少人数だ。
神崎からAISが軍で使用している銃火器を手に入れているとはいえ、敵の数を考えたら心配するのもしょうがない。
それに、向こう側もギンジュたちの存在に気が付いているのだ。
今夜襲撃されると思ってはいないだろうが、何かしたらの対抗策も用意している可能性もある。
「ダイジョブダイジョブ。ボクたちならやれるよ」
それでもカゲツは普段と変わらず、あっけらかんとした様子だ。
助手席で体を伸ばし、いつものようにリラックスしている。
そんな少年の余裕の態度に、プロテックは呆れ、スクラッチが普段の無表情を崩して笑う。
一方でギンジュは、ただ俯いていた。
手にした散弾銃を抱きながら、車に乗ってからずっと自分の靴を見つめている。
声をかけられれば返事こそするが、酷く塞ぎ込んでいるギンジュに向かって、スクラッチはその口を開いた。
「何かあったのか?」
スクラッチは端的に訊ねた。
ギンジュが敵の数が多いくらいで動揺する男ではないと、彼は知っている。
キジハが死んでからの短い付き合いだが、これまで見てきたギンジュが急に臆するとは、スクラッチには思えなかった。
ならば仕事に関係ないところで何か問題が起きたのかと、問い詰めるでも心配するでもない口調で、スクラッチは訊いたのだった。
「なあ、スクラッチさん」
「なんだ?」
ギンジュは顔を上げることなく、俯いたままでスクラッチに問うた。
どうしてキジハたちのチームが、廃工場をアジトにしていたのかを知っているのかと。
突然よくわからないことを訊ねられ、スクラッチは少し戸惑ったが、普段の無表情のまま答える。
「あそこには何度か顔を出したことがある。ただそれだけだ」
「本当か? 聞いた話じゃ、アジトの場所は仲間にしか教えていないらしいけど」
「ギンジュおまえ、何が言いたいんだ?」
目も合わさず淡々と言葉を続けるギンジュの態度に、スクラッチの返事には怒気がこもっていた。
表情こそ変わってはいないが、スクラッチの額には血管が浮き出ている。
スクラッチの声の後、プロテックの顔色が変わった。
それはカゲツも同じで、先ほどまでの余裕がなくなり、慌ててふたりの間に入ってくる。
「まあまあスクラッチ! ちょっと落ち着いてよぉ! これから仕事なんだし、仲良くしないと上手くやれないって!」
「カゲツの言う通りだ。ムカつくのはわかるけど、ギンジュを殴るのなら後にしようぜ、スクラッチ。俺も手伝うからよ」
プロテックもいつも以上に大きな声でスクラッチを止めた。
しかし、彼もカゲツも止める相手を間違えていた。
本当に止めるべきだったのでギンジュだった。
「仲間じゃないのになんで知ってんだよ? スクラッチさん、アンタ……キジハさんのこと嫌ってたろ?」
「だから何が言いたいんだ、ギンジュ」
「キジハさんたち
ギンジュが俯いていた顔を上げてスクラッチに答えようとした瞬間、カゲツは助手席から飛び出した。
後部座席にいるギンジュに飛びついて、その胸倉を掴む。
車はまだ走っている状態だが、カゲツはバランスひとつ崩すことなく、ギンジュの膝の上に乗って声を張り上げる。
「スクラッチはねぇ、キジハと付き合ってたんだよ! あそこはチームができる前はふたりが住んでいたんだ! だから知ってるの!」
カゲツの話によれば、キジハとスクラッチは以前は男女の関係だった。
それがキジハが街の行き場のない者らを率いるようになってから上手くいかなくなり、別れてしまったらしい。
当時のヒバナがスクラッチを良く思っていなかった理由は、それはスクラッチが自分たちからキジハを奪うと思っていたからだったと、カゲツは訴えかける。
「ボク、言ったよね!? スクラッチとプロテックは悪いヤツらじゃないって! 忘れたのギンジュ!?」
訴えるというよりは、子供が両親にわかってもらおうと喚くといった感じか。
正しい順序に筋道を立てて説明できていたわけではなかったが、ともかく初めてカゲツがギンジュに向かって喰ってかかった。
キジハが殺されたことを知ったときも、けして取り乱さなかった少年が、瞳に涙を浮かべて叫んでいる。
カゲツには、ギンジュが何を言おうとしたのかすぐにわかったのだろう。
だからこそすぐに掴みかかって、彼が口にしようとしたことを最後まで言わせなかった。
ギンジュは、膝の上にいるカゲツを自分の隣に座らせると、スクラッチのほうを向いた。
それから狭い車内の床に膝をつけて、彼に向かって頭を下げる。
「わりぃ、スクラッチさん。俺、なんか勘違いしてたみたいで……。この落とし前は必ずつけるから!」
「頭上げろよ、ギンジュ。ここは仕事の後におまえの奢りで飲み行くってことで、終わりにしようや」
「スクラッチさん……? ああ! 奢るよ! いくらでも飲んでくれ!」
スクラッチの言葉を聞いたギンジュは、声を張り上げて奢ることを承諾。
揉め事が解決したことで、プロテックは大きく息を吐き、カゲツのほうはギンジュの腕にしがみついて泣いていた。
「ごめん、カゲツ。俺がバカだったよ」
ギンジュはそんなカゲツの頭を撫でながら、静かに謝るのだった。
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