14

夜の街をキャンピングカーが駆けていく。


普通の乗用車と比較して倍以上の重量があるキャンピングカーには、長い制動距離が必要となり、普通車の感覚でブレーキを踏んでも止まることができない。


さらに車の重心が少し上にあるため、少しでもスピードを出すと、ちょっとした急ハンドルや急カーブでも横転のリスクにつながる。


そんなキャンピングカーを運転しているのだが、ヒバナは速度を落とすことなくカーブを曲がり、見事な操縦をみせていた。


だが、車内はまるでジェットコースター状態。


それでもキジハとカゲツは動じず、むしろカゲツのほうは、揺れる車内の状態を楽しんでいるようだった。


「ヒュー! いいぞヒバナ! もっと飛ばしちゃって!」


「うぅ……。ヤバい、これ以上はマジでヤバい……」


車酔いになったギンジュは、今にも吐きそうな顔でキャンピングカーの床に這いつくばっていた。


そんな彼を見たキジハは、はしゃいでいるカゲツに声をかける。


「おい、カゲツ。こんなんで仕事できると思うか?」


声をかけられたカゲツは、激しさを増す車内の揺れなどものともせずに、親指でギンジュを指し示しながら呆れているキジハの隣へと飛んだ。


そしてニカッと白い歯を見せると、彼女の肩をバシバシと叩いた。


「ダイジョブダイジョブ。キジハも知ってるでしょ? たったひとりで作戦もなく金塊強盗をしようとしてたんだよ。ギンジュはやるときはやる男だよ」


まったく根拠のなってない説明を聞いたキジハは、煙草を持ってないほうの手で頭を抱えた。


それから彼女は煙草を吸うと、煙を吐いてからそれを灰皿に押しつけた。


夜の街を駆けてキャンピングカーは港へと到着し、車を降りたキジハたちは停泊していた船へと向かっていった。


すでに港で待っていた仲間たちに、ギンジュのことを説明しながら、彼女は金塊を持ったカゲツを連れて貨物船へと乗り込む。


一方でギンジュは吐き気を堪えながら、指示通りに船周辺の見張りに立つことに。


「貨物船で取り引きなんて、まるで映画だな……」


貨物船の周辺には、キジハの仲間たちとマフィアの部下たちだと思われる男らがいた。


その多くがギンジュとそう変わらない若者ばかりだ。


男も女も、マフィアたちも緊張した面持ちでいる。


ギンジュは、彼ら彼女らの中に交じっている自分に違和感を覚えながらその身を固くしていると、ヒバナが声をかけてくる。


「おい、あんまりキョロキョロしてんじゃねぇよ。ナメられるだろ」


「ヒバナだっけ? おまえは船に行かないのか?」


「アタシはアンタがやらかさないように見てやれって言われてんだ。もしおかしなことしたら、顔にある鼻の穴が増えると思いな」


「鼻の穴が増える? 意味がわからないんだが……? 」


「銃でアンタの顔面を撃つって言ってんだよ! 説明させんな、バカ!」


ヒバナは、その長い金髪を振り回して声を荒げた。


どうやら彼女は不本意ながらも、ギンジュのフォロー役を頼まれたようだ。


だが、その口ぶりからしてギンジュのことを疎ましく思っているようで、これではまるで監視役だ。


ギンジュは、彼女の立場になればそういう態度になってもしょうがないと思いながらも、苛立っているヒバナに辟易する。


今回の取引き――つまりはギンジュが使えるかのテストをクリアできてチームに入れても、毎日不機嫌な彼女と顔を合わせるのは嫌だなと、心が重くなった。


それにしても港は静かだ。


事情を知らないギンジュは、勝手に警察やら別の犯罪組織が邪魔に入ると思っていたが、そんな様子は微塵も感じられない。


こんなんでテストになるのかと彼が思っていると、貨物船から発砲音が聞こえてきた。


「な、なんだ今のは!? ひょっとして警察か!?」


「落ち着きなよ。たぶん交渉が失敗したんだ。これから始まるぞ」


「始まる? 一体なにが始まるんだよ?」


「そんなもん決まってんだろ。戦争だオラァッ!」


ヒバナと叫び声に呼応して、船周辺にいたキジハの仲間たちがマフィアらに襲いかかっていた。


そこら中で殴り合いが始まり、静かだった港が一気に騒がしくなる。


キジハのチームは荒事に慣れているのだろう。


銃を構えたマフィアたちを、撃たせる前に叩きのめしていく。


「ほら、みんな! 次は船の中だ! 姉さんとカゲツを助けに行くぞ!」


ヒバナの指揮のもと、スーツ姿の黒服らを全員倒したキジハの仲間たちは、貨物船へと乗り込んでいった。


まったく何もしていなかったギンジュも、慌てて船から出ていた階段を駆けて、ヒバナたちのことを追いかける。


中で何があったのかはわからないが、ともかく自分に良くしてくれたカゲツだけでも助けねばと、ギンジュは貨物船に入ると、船内をひとり駆けていった。


「大丈夫だ、俺にはアンビシャスがある。相手がマフィアだろうが銃を持っていようがなんとかなる!」


自分を奮い立たせるように独り言を発したギンジュは、船内の奥へと進んでいく。


だが、どの扉も同じで一体どこにカゲツとキジハがいるのかがわからない。


船内には銃声と叫び声が響いている。


幸いギンジュは敵と出くわしていないが、すでに貨物船の中でも戦争が始まっているようだ。


「ちょっとアンタ! なにひとりで突っ走ってんだよ!」


船内で迷っていると、ヒバナが追いかけてきた。


彼女はこれでもかというほど表情を強張らせて、今にも喰ってかからんばかりの勢いでギンジュに声をかけた。


「勝手に動くんじゃね! アンタになんかあったらアタシの責任にされんだよ!」


ヒバナが狭い船内の廊下で声を荒げたのと同時に、突然側にあった扉が開き、中から飛び出してきた男は彼女へ銃口が向けた。

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