02

慌てて駆け寄ったギンジュ。


コウギョクは呼吸が苦しそうで返事すらもできない状態だった。


元々身体が丈夫ではないほうだったが、これは何かの病気だと思ったギンジュは弟を抱えてすぐに病院へと向かった。


施設出身者には、社会保障制度と医療保険制度の恩恵はない。


だがAISアカデミーに入ることが決まっているコウギョクならば、高額な治療を受ける権利があるはずだと、ギンジュは弟を医者のところへと連れて行った。


病院でコウギョクが施設で受けたテストの合格証明書を出すと、医者はすぐに彼の病状を見てくれた。


これで助かると安心したのも束の間、コウギョクはしばらく入院することが決まる。


医者からギンジュにコウギョクの病状の説明をされたが、まったく知識のない彼には話が理解できない。


「よくわかんねぇけど治るんだろ!? 弟は大丈夫なんだろ!?」


今にも喰らいつかんばかりに訊ねたギンジュに、医者はわかりやすく言った。


コウギョクの病気はかなり重く、治すためには手術が必要だ。


だがその手術をするためには、かなり高額な医療費が必要となるため、払えなければ治療ができない。


ギンジュは弟はAISアカデミーの入学が決まっている人間だと言い、なんとかならないかと合格証明書を突き出した。


だが、いくらAISアカデミーの合格証明書があろうが、手術をしてもらえるほどの保障まではされていないようで諦めるように言われてしまう。


「ふざけんなよ! コウギョクは手術すれば助かるんだろ!? だったらやってくれよ!」


ギンジュは医者に掴みかかって声を荒げた。


弟には将来があるのだ。


金が要るなら自分の身体を、血でも内蔵でもなんでも売り飛ばしていいからと叫び、なんとか手術してもらえるように訴えた。


煩わしそうにした医者は、そんなことはできないと返事をすると、病院内に在中している警備員を呼んでギンジュを追い出そうとする。


現れた警備員ふたりは暴れるギンジュを左右から押さえつけるが、彼はそれでも吠え続ける。


「待ってくれ! コウギョクには未来があるんだ! 俺なんかとは違ってあいつには!」


医者は連れて行かれるギンジュに向かって、金がなければ手術はできないと冷たく言い放った。


一応アカデミー合格者ということで、入院は無償で可能だと言葉を続け、亡くなるまでは病院で看ると口にした。


そして最後に、金を手に入れることができないのはギンジュたちの努力不足だと言い、鼻で笑った。


病院から追い出されたギンジュは、上着のポケットに入れていた封筒を手に取ると、それを握り潰した。


「努力不足だと? おまえになにがわかんだよ……。俺たち兄弟が、これまでどんだけ頑張ってきたか……おまえなんかにわかってたまるか!」


病院に向かって叫んだギンジュがその身を震わせていると、彼の背後から男が現れた。


ギンジュは横を通り過ぎていくスーツ姿の男を見て、それが誰なのか気が付く。


施設で受けたテストに合格したコウギョクのことを気に入っていたAISの幹部のひとり。


たしか名前は神崎かんざき丈三郎じょうさぶろう


「あんた、神崎さんだよな! 俺だよ、コウギョクの兄のギンジュだ!」


声をかけられて振り返った神崎は、両目を細めると、「ああ、君か」とでも言いたそうにギンジュと向き合った。


それから話をするに、どうやらコウギョクが倒れたことを病院から聞かされて、神崎も様子を見にやってきたようだ。


「神崎さんならなんとかできるだろ!? 頼むよ、弟を、コウギョクを助けてやってくれ!」


突然その場で土下座をし、神崎に頼みこむギンジュ。


神崎はそんな彼を無表情で見下ろすと、すぐに立つように言った。


そして場所を変えて話そうと、ギンジュを食事に誘う。


それからふたりは、病院の近くにあったレストランに入った。


店員に席へと案内され、普段外食などしないギンジュが落ち着かない様子で店内をキョロキョロしていると、前に座る神崎が口を開く。


「ここは私が奢るよ。好きなものを頼むといい」


「メシなんていいよ! それよりも、コウギョクのこと……なんとかできねぇかな!?」


「サーロインステーキとコーヒーでいいな」


声を荒げるギンジュを無視して、神崎は店員に声をかけて彼と自分の分のメニューを注文した。


少しの間もなく、すぐに料理が運ばれてくる。


ステーキなど食べたことがないギンジュは、目の前の分厚い肉の塊によだれを垂らしながらも、視線を神崎へと戻した。


優雅にナイフとフォークで肉を切り分けていく神崎。


食事の仕方からして彼の育ちの良さが伝わって来るが、ギンジュにとってはどうでもいいことだ。


「デカい声出して悪かったよ。神崎さん、お願いだ。コウギョクを助けてやってくれ……」


すすり泣く声を出しながら、ギンジュは神崎に頭を下げた。


ナイフとフォークで上品に切り分けた肉を口に運んでいた神崎は、食事をするのを止め、紙ナプキンで口を拭く。


そして、ギンジュに向かって静かに口を開いた。


「コウギョク君を助けられるのは私ではない。君だけだろう」

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