05
店を出たギンジュは、一度病院へ戻ろうと思ったが、すでに面会時間が過ぎていることに気がついて自宅へ向かうことにする。
彼が神崎と入ったレストラン周辺には、他にも飲食店が並んでおり、もう夜も遅いというのに活気があった。
すれ違うカップルや、男と女それぞれ同性同士でいる集団、皆が夜の街を満喫しているようだった。
外食するほど家計に余裕のないギンジュには、まったく縁のない場所だ。
彼は場違いだと言わんばかりに道の端を歩き、誰とも目を合わさないように歩いていた。
騒がしい路上を進みながら、ギンジュは考える。
大金を稼ぐためにはどうすればいいのか。
手に入れたスマートドラッグは、神崎の言うことを信じるならば世に出ているどんなものよりも効果があり、常人を超えた力を発揮できるものだが。
その力で金を稼ぐ方法はなんだと、ポケットに入れたピルケースを掴んで思考を巡らせる。
腕力が上がり、疲れない身体になるのなら今の仕事をもっと増やすか?
いや、そんなことしても雀の涙。
日雇いでいくら稼ごうが、とてもじゃないが手術代には届かない。
ならばスポーツ選手になるのはどうだろう?
身体能力が最大限まで引き出された状態ならば、相手が誰であろうとどんなチームだろうと個人で結果は出せる。
一流のアスリートの年俸は億単位だ。
手術代なんて簡単に払えるはず。
……馬鹿か。
たとえなれたとしても金が入るのはずっと先だろう。
その間にコウギョクが死んだら意味がない。
ならば株やビットコイン、FXなどの投資はどうだ?
脳の能力を100%出せるならば、頭の回転も常人を超えるはず。
ネットで得た知識でチャートを推測し、どれに投資すれば稼げるかわかれば、一気に大金持ちになれる。
……無理だ。
そもそも投資をやれるほどの元手がない。
今持っている金と家にある貯金を合わせても5万円もないのだ。
これでは時間がかかりすぎる。
そうなるとギャンブルしかないが、そんな大金を稼げる賭け事など知らない。
「ちくしょう……。なんか、なんかねぇのかよ……」
ギンジュは良いアイデアが思いつかず、ぶつぶつと文句を口にしながら歩いていると、突然人とぶつかった。
どうやら大学生たちの集団が、道の真ん中でふざけ合っているようだった。
そんな大学生を見て、ギンジュは思う。
自分と彼らは年齢的に同じくらい。
もしまともな家庭環境だったら、自分もこいつらと同じように道端で騒いでいたかもしれない。
それこそたくさんの友人や恋人なんかも作ったりして……。
(何考えてんだよ、俺は……)
こんな連中に関わっている暇はないと、ギンジュはその場を去っていこうとしたが、他の大学生たちが彼の行く手を遮った。
それからぶつかってきた大学生のひとりが、明らかに酔っているとわかる挙動で、ギンジュのことを睨んでくる。
「おい、おまえ。ぶつかっておいて、すみませんの一言もないのか?」
ずいぶんと強気だが、普段から肉体労働をしているギンジュと比べると、大学生の集団は明らかに華奢だ。
だが、そんな体格差など気にせずに、大学生はギンジュに絡んでくる。
「決めた。僕がおまえを教育してやる」
「はあ? なに言ってんだよ。ぶつかったことは悪かったよ。ほら、これでいいだろ。次からは気をつけるよ。じゃあな」
「なんだその心のこもってない謝罪は。ちょっとこっちへ来い。僕が世間の厳しさってやつを教えてやる」
「なにすんだよ!? 離せって! こっちは悪かったって謝ってんだろうが!」
ギンジュは理不尽に絡まれたことを飲み込んで頭を下げたが、その言い方が気に入らないと大学生たちに路地裏へと連れ込まれた。
こんな
彼らは教育という名の暴力をギンジュに振るうつもりだ。
一昔前ならば、ギンジュのような学校にも行っていない若者のほうが腕っぷしが強く、大学へ行くようなインテリ層に絡むようなことが多かった。
もっとわかりやすく言うのなら肉体労働者と頭脳労働者。
ブルーカラーとホワイトカラーのようなものが理解しやすいだろう。
前者である下層階級の者はいわゆる不良として、中流階級、上流階級の人間を暴力で従わせる瞬間があった。
だが、時代は変わった。
見るからに華奢な大学生らは、肉体労働で鍛えられているギンジュのことをまるで恐れていない。
それは、彼らがスマートドラッグを使っているからだ。
「ガハッ!?」
ぶつかってきた大学生の拳がギンジュの腹部を打ち抜いた。
その一撃でギンジュは、先ほどレストランで食べたサーロインステーキとコーヒーをすべて吐き出してしまう。
「うわ、汚ないな。それにしてもおまえ、弱すぎるだろ。悔しかったら安もんでもいいからスマドラをキメてかかってこいよ」
スマートドラッグが販売されたことで、中流階級、上流階級の人間は、下層階級の人間から暴力さえ奪った。
今では生まれが裕福な者ほど護身用に肉体系スキルのスマートドラッグを使用しており、以前のように不良に脅されることなどはなくなった。
反対にインテリ層が彼らを一方的に叩きのめす光景が増えたのだ。
AISが強いた価値観――能力主義は、持てる者と持たざる者の差をさらに広げた。
「こんなことして、なにが面白いんだよ」
「え? そりゃ面白いさ。おまえらみたいな無能をからかうのは、僕ら有能な人間のストレス解消だからな」
薄ら笑う大学生の蹴りが、ギンジュの顔面を打ち抜いた。
ギンジュはその一撃で、自分の吐いた汚物の上に倒れてしまう。
周囲にいる他の大学生たちは、そんなギンジュのことを大笑いしていた。
「この世には……ろくな人間がいねぇ……」
酸っぱい肉とコーヒーの臭いに包まれながら、ギンジュはそう呟いた。
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