3話 休憩室にて part.1
ここは使用人たちの憩いの場、休憩室である。
雇い主の温情で、休憩の折にいつでもつまめるような菓子や飲み物が用意されているとあってここを利用する者は多い。そして今日もまた、使用人たちが仕事で疲れた身体と心を癒しにここに集っていた。
「フィリアお嬢様がこのお屋敷にいらして、もう二週間ねぇ。あっという間だわ」
「本当ね。私このお屋敷にきて良かったわ、毎日充実してるもの。フィリア様はあんなに素敵な方だし」
コックのハンナとメイドのひとりが、しみじみと顔を見合わせて頷く。
「フィリアお嬢様って本当にいい方ね。とっても感じが良くて優しくて」
メイドの呟きに、休憩室にいた皆が頷いた。
「そうそう。明るくてちっとも気取ってないし、本当に親切だし。この前なんか、あのラスがお嬢様の部屋に飾る花を摘みながら嬉しそうに鼻歌なんて歌っちゃって。すっかりお嬢様のことが気に入っちゃったんでしょうねぇ」
「最近じゃ、一緒にお庭いじりされてますもの。フィリアお嬢様も、土で手が汚れるのも気にせず楽しそうで」
庭師のラスがフィリアに助けられた話は、その日のうちに屋敷中に伝わった。そして、翌朝からラスが嬉々としてフィリアの部屋に花を届け始めたことも。
あの偏屈で無口で人嫌いのラスが?と、皆が驚き、そしてさもありなんと頷きもしたのである。
「時々あたしたちの仕事も手伝ってくれるんですよ。大変だろうから一緒にやらせてって。力のいる仕事なのにさ」
「この間なんて馬房にも遊びに来てくれましたよ。丁寧に嬉しそうにブラシまでかけてくださるもんで、馬もすっかり懐いちまって」
「ちっとも偉ぶらないし、働き者ですよね。それに細かいところにもよく気がついて喜んでくださるし」
皆が口々に言い合う中、先ほどから他の者たちの話をなぜか得意げに聞いていたミリィが口を挟んだ。
「お嬢様の素晴らしさは内面だけじゃないんですよ。お肌だってぷるっぷるのもちっもちだし、髪だってサラサラで。顔立ちだってとってもかわいらしいし、磨きがいがあるんだから」
これまで満足な手入れなどしたことがないにも関わらず、その赤子のような肌質の素晴らしさにミリィは感嘆した。髪も艶のある少しウエーブがかった美しい栗色で、側仕えのミリィとしてはまさに磨きがいのある主なのだ。
「でもわかるわ。目の色もちょっぴり灰色がかった薄茶で、ふと大人っぽさも感じさる感じがたまらないし。身体つきもスレンダーなのに、シンプルなデザインでも寂しく見えないし。磨けば磨くほど光る逸材よね」
「そう! まさに逸材なのよ。ええ、このミリィの腕にかけて社交界一のとっておきの令嬢に磨き上げてみせますとも。ふっふっふっふっふ」
メイド冥利に尽きるとはこのことであると、ミリィはほくそ笑む。それを見ていたリガルド付きのメイドが、ふと何かを思い出したように叫んだ。
「そういえば、ミリィ! 私もフィリアお嬢様とお茶したいです!ミリィばっかりずるいわ。週に一度ずつの交代制にして、持ち回りにしましょうよ」
実のところ、ミリィがお茶のお供をすることを知った他の使用人たちから抗議の声が上がっていた。が、ミリィにとってフィリアを独占できるひと時は何よりの至福だ。許容できるわけもない。
「それは無理。なんたって私はフィリアお嬢様付きのメイドなんですからね。私の特権よ。そりゃまぁどうしても忙しい時は譲るけどさ」
「ミリィのケチ。いいもん、そのうちお休みの日にでもお嬢様のお買い物のお供をさせてもらうから」
「あっ! ずるい。私も行く」
口をとがらせながらも楽しそうに騒ぐ女性たちの様子を、どこかうらやましげに男たちが見つめる。
いくら使用人であっても、リガルドが他の男がフィリアに近寄るのを許すはずはない。そんなことをすれば、きっとあっという間にクビになる。男たちはそれをよく分かっていた。
「にしても、来てすぐの頃はなんだか不安そうなご様子だったけど今じゃすっかり明るくお元気になられて安心しましたよ」
ハンナが、クッキーをつまみながら安堵の表情を浮かべた。
「随分ひどい仕打ちをされたそうだからなぁ。本当に先代の奥様ってのは、性格が悪かったんだな」
「本当だよ。お母様を亡くされたばかりでそんな仕打ち、どんなにか寂しかったでしょうに……。リガルド様もお助けできなくてそりゃ悔しかったろうさ。ま、その分も今は過保護なくらい大事にされてるけどね」
そう言って苦笑いを浮かべるハンナを横目に、ダルトンは入れたばかりのお茶を静かにすすった。その脳裏に浮かぶのは、先日フィリアに謝られた時のこと。
(謝罪せねばならなかったのは、むしろ私の方だ。なのにフィリア様はあんなふうに謝ってくださった。……頭まで下げられて)
律儀な性格なのだろう。屋敷に滞在することが決まってすぐに、屋敷を逃げ出したことで迷惑をかけて申し訳なかったと、フィリアがダルトンに謝罪したのだ。こちらがむしろ助けなかった非礼を口にすれば、もし助ければリガルドの立場まで悪くなっただろうから当然だ、ともおっしゃったのだ。まだ幼かったにも関わらず、リガルドの立場もきちんと理解していたということは、聡明さも持っているという証拠だ。
(あの方がこの先もずっとリガルド様のおそばにいてくだされば、この屋敷も安泰だろう。もっとも、兄妹としての関係のままこの屋敷でずっとお暮しになるのは少々難しいだろうが)
ダルトンは、主であり息子のように見守っているリガルドの将来を思い、どうかフィリアがこのままリガルドと生きる人生を選んでくれたらいいと願った。そして、気がつけばあっという間に使用人たちの心をつかんだフィリアのその人たらしともいえる才を、好ましく思う反面少し心配にも思うのだった。
「でもさ、リガルド様も随分不器用なお方だけど、フィリアお嬢様もああ見えてなかなかよねぇ。周りのことはすぐに気付かれる割に、ご自分のことになると変に我慢強くて無理をなさったりして」
ハンナの言葉に、皆の顔にも心配そうな色が浮かんだ。
今やフィリアは、皆にとっても愛すべき大切な存在だった。そのフィリアの憂いはなんとしても排除したいというのが、共通見解なのだ。
「だからこそ、私たちがお守りしないとね。リガルド様にもフィリア様にもお幸せになってもらいたいもの」
「そうだな。まずは、フィリアお嬢様がずっとこのお屋敷で暮らしたいと望んでくださるように頑張ろう」
「そうそう! 私たちが皆で力を合わせて、お二人の幸せをお守りしてさしあげましょ!」
こうして、今日もこの屋敷の平穏は皆の努力のもとに保たれるのであった。
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