4話 揺れ動く思い
「今日はハンナが腕によりをかけて、フィリアお嬢様のお好きなブラウンシチューを作るって張り切ってましたよ!」
ミリィの快活な声が部屋に響き、それに応えるフィリアの顔にも嬉しそうな色が浮かんだ。
「嬉しい。本当においしいのよね、ハンナのシチューって。おかわりしちゃおうかしら」
「ええ! もちろんどんどんしちゃってくださいな! パンもサラダもたくさん」
明るく顔を見合わせながら、二人で笑い合う。
この光景だけ見れば、きっとフィリアは元気一杯なように見えるだろう。
でも実際は。
(本当は、ここのところ食があまりお進みではないんですよねぇ。無理して明るく振る舞ってらっしゃるけどお寂しそうだし。ため息も……)
ミリィはラスが新しく届けてくれた明るい色の花を活けながら、そっとため息をつく。
フィリアがリガルドに縁談を用意してほしいと直談判した話は、ダルトンから使用人たちに伝えられた。
それを聞いた使用人たちは、当然のことながら皆がっくりと肩を落としたのだ。
もとより屋敷を出ていく心づもりではあっただろうが、まさか縁談を望んでいるとは。フィリアが他の男性と結婚してしまえば、二度とリガルドと結ばれることはない。
はたから見れば相思相愛にしかみえない二人のじりじりとした恋模様に、焦れる使用人たちである。
(しかもこんな状況ではリガルド様はじっくり考えられる余裕もないでしょうし、フィリア様は思い詰めてらっしゃるし。……なんかもう、どうしたら!)
ミリィとしてはもちろん、リガルドとフィリアが結ばれてほしいと願っていた。でもフィリア自身に望むように生きて欲しいとも思っていた。
両親を亡くしてひとりになった上あんなひどい仕打ちをされて、この屋敷をたったひとりで逃げ出すしかなかったのだ。それは、どんなにか寂しく心細かったに違いない。男として暮らしていたのだって、そうしないと心が耐えられなかったからではないかと思うのだ。
(もう我慢しないで生きてほしい。お気持ちも望みも、自分も偽ったりしないで、フィリア様の思うようにのびのびと。でもやっぱりリガルド様の一途な想いを考えると結ばれて欲しい……)
それにもしフィリアがリガルドと血のつながりがないと知っても、今さら思いを打ち明けるなんてできるだろうか。身分だって違うのに、それを気に病んだりしないだろうか。
イリスのことだってある。今リガルドがイリスの企みを排除したところで、いつまた良からぬことを考えて近づいてくるのか分からないのだ。
(リガルド様のお気持ちも大事にしたいけれど、やっぱり私は……)
ミリィは手に持っていた鋏を置き、フィリアの方を向く。
「フィリアお嬢様。あの、私……私はいつだってどんな時だって、お嬢様の味方ですからね! フィリアお嬢様がしたいようになさってくれるのが、ミリィは嬉しいんですから」
「え? 突然どうしたの、ミリィ」
「え? いや、あの、その……。私はフィリアお嬢様のことが大好きなので、お守りしたいしお幸せでいていただきたいんですっ! それをお伝えしたくてっ」
我ながら突然こんなことを言って、フィリアは変に思うに決まっている。それに、自分たちが事情を知って心配しているなど聞いたら、きっとフィリアは気に病んで悩んでしまうに違いないのだ。
いつだって自分のことは後回しで周りのことばっかり気にかけている方だから。
(でもそんなフィリアお嬢様だから、お守りしたいんですよ。だから、きっと思うように進んでいけますようお祈りしていますね……)
そう心から願ってやまないミリィなのだった。
◇ ◇ ◇
フィリアは、花を活けおえて部屋を出ていったミリィの後ろ姿を、複雑な思いで見送った。
(もしかしてミリィや他の皆も私が縁談を申し出たこと、聞いているのかしら? だとしたらきっと気にしてるのね……。このお屋敷も皆も大好きだし、ずっとここにいられたら幸せだって思うけど。でも……)
ここにいたら、いつかきっとリガルドは誰かと結婚する。今はその気がなくてもきっとそんな日はやってくるだろう。そうしたら、その姿をすぐそばで見ていなければならないのだ。
無理にでも結婚すればこの不毛な恋心も忘れられるかもしれないなんて思ったけれど、それは無理なのかもしれない。
きっとあの劇の主人公のように、ずっと忘れられないのかもしれない。それでも、このままここにはいられない。
離れたい。そばにいたい。話がしたい。話したくない。
ここのところずっとフィリアはその思いを行ったり来たりしながら、忙しく屋敷でゆっくり過ごす暇もないリガルドにどこかほっとしてもいた。
(兄の幸せをあたたかく祝福できないなんて、ひどい妹ね。でも、この気持ちはどうしようもない。リガルドがもしこんな気持ちでいることを知ったら、軽蔑するかな……)
今すぐ離れたい気持ちと、ずっとそばにいたい気持ちの間で揺れ動くフィリアの胸が、きしむように痛んだ。
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