3章
1話 近づく距離と胸騒ぎ
「そうなんです。お菓子作りって実は奥が深いんですよ」
「そうか。なら一度色々食べ比べしてみるのもおもしろそうだ」
「じゃあダルトンやミリィたちもみんなで集まって、スイーツ祭りでもしましょうか。きっとわいわい楽しいですよ」
朝食をとりながら、フィリアはリガルドとお菓子談義に花を咲かせていた。
毎日顔を突き合わせていれば、さすがにこの端正な顔も見慣れてくるものだ。そのおかげか、最近ようやく会話がスムーズに続くようになった気がする。
甘いものにはきっと、人間関係を近づける妙薬が含まれているに違いない。
だけど、ほんの少しだけ兄妹としての関係が深まった気がするからこそ、ここ最近のリガルドの様子は気にかかる。
「今夜も遅くなりそう? 夜はちゃんと休んでね、若さを過信すると痛い目にあうんだから。食事もしっかりとってね」
どうも最近忙しいようで、リガルドを朝食の席以外で屋敷で見かけることはほぼない。朝早くから起き出して執務をこなした後一緒に朝食を済ませると、すぐに外出して帰りも遅いようなのだ。
(あんなに健康に気を配っていたはずのダレンが倒れたんだもの。いくら若いからって無理はだめ! 絶対)
持病のあるダレンと暮らしていたせいか、少々世話焼きなフィリアである。そんな心配する妹をみるリガルドは、どこか嬉しそうにも見える。
「わかっている。なら、一段落ついたら湖にでも静養に出かけようか。あそこなら釣りもできるし」
「いいですね。たまには体も動かしたほうがいいですし」
「じゃあそれを励みに、今日も頑張るとしよう」
そう言ってやわらかく微笑むと、リガルドは屋敷を出ていった。
あの日以来、リガルドの表情がほんの少し豊かになった気がする。兄妹としての心の距離が少し近づいたせいだろうか。
それに、贈り物の色のせいでどうにも意識してしまってドキドキしていたけれど、どうやら一過性のものだったらしく今は大分落ち着いた。あれはきっと、リガルドが無意識に馴染みのある自分の色を選んでしまったに違いない。
(そりゃ毎日鏡も見るし、一番良く見慣れてる色だよね。もしくは私が早く馴染めるようにとか斜め上に気遣ってくれたんだったりして)
どちらにしても、リガルドが自分を大切に思ってくれていることは間違いない。そう思ってくれる人がそばにいてくれることは、とても貴重で幸せなことだ。
だから、フィリアは心の中で願った。
いつかこの場所が、リガルドのいるこの屋敷が心の底から自分の居場所だと思えますように、と。
そんなある日。
ダレンを見舞ったあと、フィリアは部屋で所在なさげに本を開いていた。なのに、紙の上を目がすべっていくばかりでちっとも集中できない。
というのも近頃なぜか、屋敷の空気が全体的に張り詰めている気がするのだ。リガルドもほとんど屋敷にいないし、たまにいるかと思えばダルトンと難しい顔で声を潜めて何かを話していたり。
気のせいか、いつも温厚なダルトンもピリピリしているような。ミリィは相変わらずだけど、なぜかフィリアがひとりで庭に出ようとしたり外出しようとするとぴったりとそばに密着して離れないのだ。
(何かあったのかな……。あのミリィまで今朝は何かを警戒していたみたいだったし)
今朝は、朝食の席にもリガルドは姿をみせなかった。どんなに忙しくても朝食は必ず一緒にとると言っていたのに。いつもと変わらずおいしいはずの料理も、どこか味気ない。
(やっぱり何かあったのかな。もしそうなら、私に何かできることはないのかな)
フィリアは、自分の知らないところで何かが起こり始めているような嫌な予感に、ふるりと身を震わせるのだった。
◇ ◇ ◇
皆が寝静まった屋敷に、ガチャリ、という物音がかすかに聞こえて、フィリアはベッドから足を下ろした。
(扉の締まる音? ……リガルドが帰ったのかな)
一言声でもかけようかと、物音をできるだけ立てないように注意を払いながら階下へと向かう。思った通り、玄関のそばにまだ外套姿のリガルドが立っていた。
(やっぱりリガルドだ。こんなに遅くまで一体どこに……)
この屋敷に来てから一度もリガルドの顔を見ない日なんてなかったから、なんとなく物寂しい気分にかられていた。だからつい、ほんの少しでもリガルドの顔を見たくなったのだ。それが、あんな気付きにつながるなんて思いもせずに。
外気の流れに乗って漂ってきた、かすかなお酒の匂いと、それに混ざりあった嗅ぎなれない香り。
それは、明らかに女性ものの香水の香りだった。
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