2章

1話 初めての令嬢暮らし


「今日はお天気もいいですし、お庭の散策にはもってこいですね。なら、今日はこちらのワンピースに、靴はこちらをどうぞ」


 ミリィは今日も、ずらりと並んだワードローブの中から目当てのものをテキパキと選び出し、眼の前に並べていく。


(ミリィは今日もかわいいな。明るいし、働き者で仕事もできるし、私が男だったらミリィみたいな子と結婚したいな)


 屋敷での生活は総じて良好だった。

 もちろんここで男の格好など許されるわけもなく、一応ノートン家の令嬢として女性らしい生活を余儀なくされてはいたが。


 毎日側付きメイドのミリィがあれこれと世話を焼いてくれるおかげで、令嬢らしい生活にも慣れた。リガルドはもちろん優しいし、屋敷の使用人たちもとても良くしてくれるおかげで、想像以上にとても平穏で楽しい。


 フィリアの目に、ふと鏡に写ったワンピース姿の自分が目に入り、がくりと肩を落とす。


(ミリィが頑張って短い髪を編み込んで長さを誤魔化してくれてるけど、やっぱり似合わない。身体つきも昔からほとんど成長してないし)


 そもそも女性ものの服なんて着るのも久々すぎて違和感が拭えないし、こんな少年のような短髪ではどうにも格好がつかないなと複雑な心境になる。

 そんな思いを読み取ってか、ミリィは今日も変わらず優しく持ち上げるのを忘れない。


「今日もとってもおかわいらしいですよ、フィリアお嬢様。リガルド様が手ぐすね引いてお待ちですからね。さ、元気にいってらっしゃいませ」


 そうしてほめ上手なミリィに乗せられて、いつものように朝食の席へと向かうのだ。




 ◇ ◇ ◇ 



 隅々までピカピカに磨き上げられた屋敷に、さりげなく活けられた色とりどりの季節の花。そして、辺りに漂う食欲を刺激するおいしそうな香り。

 そして。


「おはよう、フィリア。よく眠れたか」

「リガルド、おはよう。……リガルドは今朝も早くから仕事?」


 今日も、リガルドは美しい。すっとした切れ長の濃藍色の目に、額にサラサラと落ちるつややかな黒髪。彫像のように引き締まったすらりとした身体。まさに堂々たる美男子っぷりだ。

 朝からその美しすぎるその姿に、思わずくらりとめまいがする。


(くっ……。今日もリガルドが眩しい。なんて罪作りなの)


 店に持ち込まれる鑑定品には、美しい宝石や値打ちものの美術品も多い。だからそれなりに、美しいものは見慣れているはず、なのだが。


(やっぱり生身の人間は、別格ね。眼福を通り越して、もはや目が辛い……)


 血のつながった兄に朝から悶絶するなど年頃の娘としてどうかとは思うが、慣れないものは仕方がない。

 そんなフィリアの悶々とした気持ちなど知る由もないリガルドは、涼やかな目を細めた。


「ああ。でも慣れているから平気だ。……その、今日もよく似合っているな。君は明るい色も似合う」


 薄っすらと目元に浮かんだ微笑みは、実のところリガルドの精一杯の笑顔であろうとフィリアは思っている。


(感情が表情に出ないんだよね、昔から。性格も淡白そうだし、感情的になるなんてことなさそうだなぁ)


 そんなことを思いつつ、フィリアは異母兄の不器用な笑顔を眺めた。


(そんな無理してほめなくてもいいのに。相手は妹なんだし。それに、なんだかむず痒い……)


「……えっと、ありがとうございます……。リガルドも、その……素敵ですよ」


 一応こちらもそれらしい言葉を返してはみるものの、背中が非常にむず痒くこれは兄と妹のやりとりとしてはどうなんだろうと疑問を抱く。ここの生活に早く慣れて欲しいとの気遣いからくるであろう不器用な優しさを思えば、そんなこと口には出せないが。


 カチャカチャと小さな食器が触れる音がする以外、ほぼ無音のまま朝の時間は過ぎていく。会話が弾むほどお互いを知らないし、血のつながりがあるからといって急に親しくなれるわけもない。緊張感バリバリの食卓である。

 もちろん、お料理はどれもおいしい。味わう余裕はまだあまりないけど。


 フィリアは、テーブルの向こう側で優雅な仕草で食事するリガルドをそっと盗み見た。


(指が細くて長いのに、筋ばっていてきれいだなぁ。レタスを食べる姿すら絵になるなんて)


 まるで美術品を鑑賞するかのごとくつい見とれてしまい、慌ててスープを口に運ぶ。


 異母兄とわかっていても、この有様だ。きっと貴族社会では、相当女性たちに人気があるに違いない。     

 そういえば、とあることを思い出しフィリアは口の中のパンを飲み込んだ。


「……あの、昨日はブローチをありがとうございました。とてもきれいで気に入りました」

「そうか……! 気に入ってくれたのなら良かった。こんど町にでも出た時に着けるといい」


 フィリアが贈り物のブローチの礼を言うと、リガルドの頬にさっと赤みがさす。

 その瞬間、漂う色気に思わずカラトリーを落としそうになった。


(危なかった……。もう一歩で鼻血がでるところだった)


 フィリアにとってリガルドは、兄というよりあくまで異性である。昔お屋敷にいたときも使用人として扱われていたし、兄妹として接したことは一度もないのだ。

 だから、つい意識してしまう。その上毎日のようにアクセサリーやお菓子なんかを贈られると、まるで恋人になったような気分にさせられる。


(兄と妹なんだから、うっかり勘違いさせるような行動は慎んでいただきたい……。本当に)


 フィリアは、こっそりとため息をついた。


 すでにフィリアの部屋には、上質な素材の色とりどりのワンピースやドレスが大量に用意されている。しかも、それぞれに合わせた靴や小物も。

 なのにこうして毎日のように贈り物が増えていくのだ。それとなく、もう充分ですよと釘を刺してはみるのだが。


「好きでしていることだから、気にするな。ダレンの体調が落ち付いたら、一緒にどこかに出かけよう。買い物でも、芝居見物でも」


 と返ってくるから、質が悪い。


 まして、二人並んで町中を歩いたりしたら、きっと注目の的になるに決まっている。

 こんな美青年の隣を歩くちんまりとした平凡な自分を想像してみてほしい。残念過ぎて涙がでそうだ。


 美しいものは遠くから見てこそ、堪能できるのだ。決して至近距離で見てはいけない。でないと、思わぬけがをしかねない。


(にしても、リガルドがこんなに女性にまめなタイプだったなんて意外だなぁ。人は見かけには寄らないものね)


 そんなことを考えながら、今日も朝食をさくさく終わらせることに集中するフィリアだった。



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