8話 戦いの準備
「アドリアから連絡が来た。決行は三日後の早朝、フィリアはアドリアの言う通り大人しくついていけばいい。それ以外には絶対に何もするなよ。絶対だからな」
念入りな絶対という言葉の強さに、フィリアは口をとがらせた。
もはやリガルドの目には、完全に疑いの色が浮かんでいる。
これは全部、ダレンがリガルドに密告したのが原因だった。
囮になることと真実を知ったことを伝えに、フィリアはダレンの部屋へと向かった。
「……そうか。どうせお前はやめろといったところで聞かんのだろう。まったく、この跳ねっ返りの頑固者が」
囮の件はともかく、血のつながりがないことを伝えてもあまり驚いた様子がなかったのはなぜだろう。もうリガルドに聞いて知っていたのだろうか。
そんなことを思っていたら、急に勢いよくダレンがベッドから身を乗り出した。慌てて動いたせいで腰に激痛が走ったらしくひとしきり悶絶したあとで、こちらをじろりと見やる。
「おい、くれぐれも相手の隙を見て一矢報いようとかするなよ。あくまでお前に教えたのは、護身術だからな」
ダレンの目には明らかに疑いの色が浮かんでいた。
フィリアはそれを真顔で受け止め、言葉を返す。
「大丈夫、飛び道具しかもっていかないし。接近戦はさすがに危ないもんね。あ、でも薬くらいは持っていってもいいかな」
「ダメだ!」
「えー、でも手ぶらなのもさすがに不安なんだけど」
「お前は手ぶらでいいんだ! 荒事は本職のヨークたちやリガルドに任せておけばいい。……それとも何か? リガルドは信用できないか」
そう言ってダレンがこちらの気持ちを推し量るようにたずねた。
フィリアは一瞬目を見張った。
(リガルドを信用できないか……? そういえば考えたことなかったかも。信用してるかしてないかというより、疑ったこともなかったな)
リガルドがリガルドである以上、信用できないなんてあるはずもない。必ずリガルドは助けにきてくれるし、何が何でも守ろうとしてくれると、はなから信じていたのだから。
「リガルドは絶対助けにきてくれるし、私もそれを待ってる。それは間違いないよ。リガルドを信じられなかったら、囮になるなんて言い出してないし」
今さら何を、という顔でそう言うと、一瞬ダレンが驚きの中にやれやれ、とでも言いたげな色を浮かべて、苦笑いした。
「……そうか。ま、あの若造にも勝算はあるってとこかな」
そう言って小さく笑った。なぜかその顔がとても嬉しそうで、フィリアは首を傾げたのだった。
そして、今である。
決行の日が決まったと合って、先ほどまで緊張感に包まれながら詳細を詰めていたのに。
「ダレンにも心配かけるな。あの人は君の育ての親みたいなもんだろう。そんな人をハラハラさせるようなことは、くれぐれも慎むように」
なぜ緊張感あふれる話し合いから突然、自分のお説教タイムに変わってしまったのか納得のいかないフィリアだ。
確かに武器を隠し持っていこうとしたのは認めるし、いざとなったらやり返す気満々ではあったけど。
でもこちら側には、身重でありながら協力してくれるアドリアがいるのだ。今となっては味方となったその彼女に危険が及ぶようなことをする気はない。
「はい……」
フィリアは、渋々と頷いた。
そんな不満そうなフィリアの様子に、不安の色を隠しきれないリガルドであった。
◇ ◇ ◇
リガルドは、計画の詳細を念入りに何度も見返していた。もし少しでも計画に抜けがあれば、フィリアの身に危険が及ぶのだ。
慎重に慎重を期しても、不安は消えない。
アドリアの元には、イリスから誘拐に関する計画とその指示が届いていた。
まずはアドリアが過去の仕打ちを謝罪したいという名目でフィリアを連れ出し、馬車で移動する。道中、バッカードの手の者が襲撃してフィリアだけを捕縛し、イリスの元へと連れて行く算段らしい。
おそらくはその後フィリアを人質としてリガルドをおびき出し、二人もろとも劇場に監禁するつもりだろう。
(問題は、アドリアにも襲撃の詳細やフィリアの監禁先については一切伝えられていないということだ。もし途中で見失えば、フィリアがどこに連れ去られたのかわからなくなる……)
その上、いざイリスの元に囚われてしまえば劇場に着くまでは監視の目が届かない。
もっともバッカードにとってフィリアは、大事な売り物だ。その売り物の商品価値が落ちるような馬鹿な真似はしないだろうが、憎しみのあまりイリスが勝手に何かしないとも限らない。
(しかし、まさかフィリアが密かに武器を持ち込もうとしていたなんて思いもよらなかったな。しかもいつのまに護身術など……)
キリキリと胃が痛くなる思いで不安を感じつつも、思わず小さく笑ってしまう。
フィリアは男のふりをして暮らすことを決めた時に、いざという時身を守れるよう護身術を教えてくれとダレンに頼んだらしい。
なぜダレンが護身術を教えられるのか疑問ではあるが、フィリアもなんとも斜め上の発想をしている。
「私の妹は、とんだ跳ねっ返りだな。……ああ、もう妹ではないか」
真実を話したのだったと思い出し、思わず言い直す。
不思議なもので、実の兄妹ではないと伝えた途端胸のつかえが下りたように楽になった。
フィリアのことを考えても、以前のように焦燥にかられて胸が痛むことはない。
(ただただ、愛しいだけだ。もっともこれはこれで、抑え込むのが難しくはあるが)
リガルドは自分の思い、いや執着なのか独占欲なのかはわからないが、その強さに我ながら苦笑するのだった。
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