7話 真実と約束
部屋の中に、先ほどとは別の緊張感が漂う。
その特別な空気を感じ取ったのか、そっとダルトンは部屋を出て行った。
リガルドはすうっと小さく息を吸い込んで息を整えると、フィリアをまっすぐに見据えはっきりと告げた。
「……君と私は、兄と妹ではない。本当は血のつながりなどない赤の他人なんだ。……イリスが君を利用するために騙していたんだ。すまない、ずっと隠していて」
突然告げられた真実にフィリアは目を見開き、握りしめていた両手をだらりと体の横に下ろしてこちらを見つめている。
しばしの沈黙の後、小さく震える声がした。
「それ、本当なの……?」
「ああ。兄でいれば君をひとりきりにせずに済むと思ってずっと隠していた。いや、それだけじゃない。本当はもっと他にも理由はあるが。とにかく……私の責任だ。済まない。本当に……」
こんな大事なことをずっと黙って、騙すように屋敷に連れてきたのだ。やっていることはイリスたちと何ら変わりない。
自分の思いのために、フィリアを翻弄したのだ。このまま自分の元を去っても文句は言えなかった。
リガルドは、じっとフィリアの反応を待った。
しかしいつまでたってもなじる言葉も聞こえてこず、恐る恐るフィリアに視線を向ける。
フィリアは呆然と床に視線を向けたまま、何かを考え込んでいるようだった。
「フィリア……?」
「え? ……うん。そう……そうなの。私はリガルドの妹じゃないの……。なら、それなら私は……もう」
その表情には、怒りも悲しみも浮かんではいなかった。それがかえってリガルドの不安を呼ぶ。
フィリアが一体この真実をどう受け止めたのか、よく分からない。
フィリアは困惑の表情にどこか気の抜けたような不思議な色を浮かべたまま、動かない。
「うん……ありがとう、話してくれて。……驚いたけど、むしろリガルドは赤の他人の私のために今までこんなに色々良くしてくれたんだもの。感謝してる。だからリガルドが気に病むようなことはないの」
「しかし……騙していたんだぞ。それに君は……」
リガルドと赤の他人ということは、フィリアにはもう血のつながった人間がこの世にいないということだ。それがどれほどフィリアにとって心細く寂しいことであるか、リガルドもよく理解していた。
が、それにしてはフィリアの様子に悲壮感はない。それが不思議だった。
「そう、だね。私やっぱり天涯孤独だったんだもの。寂しいはずよね。……でもなんだか不思議なの。むしろすっきりしてる」
「すっきり……?」
フィリアの言葉に首を傾げる。
すっきりとはどういうことか、自分と家族ではないことに安心でもしたというのだろうか。
すっきりしたという言い方がさすがに誤解を招くとでも思ったのか、慌ててフィリアが言い繕う。
「あ、えっと違うの。天涯孤独がもちろん嬉しいはずはないんだけど。なんかしっくりしたっていうか、納得したっていうか」
「納得?」
「……実はね、私リガルドのことを実の兄だと実感できたこと一度もないの。別に嫌いとかそういうことではなくて、家族っていうより知り合いのお兄さんみたいな感じ? だから、ちょっとほっとしてる。無理に自分に言い聞かせなくていいんだなって思って」
初めて聞くフィリアの気持ちに、それも無理のないことだと納得する。
言われてみれば、自分もそうだった。実の妹と感じたことなど一度もなかったのだ。まして兄妹らしい会話すらもともとしたことがなく、互いの呼び方もずっと名前で呼び合う不自然さではあったのだ。きっとお兄様とか呼ばれても、困惑しただろう。
(フィリアも同じ気持ちだったのか……。そんな中で必死に受け入れようと努力してくれていたのか。悪いことをした……)
ようやく自分の浅はかさに気がついたリガルドである。
落ち込んだ様子のリガルドを見て、フィリアが慌てて付け加える。
「あ、でもね! ここにきてリガルドや皆にすごくあたたかく迎え入れてもらって、いつかまた自分で家族を作ればいいんだって思えたの。だから天涯孤独でもきっと幸せになれるって思えるようになれたんだよ。これもみんなリガルドのおかげ。……ありがとう、ずっと守ってくれて。ずっと大切に思ってくれて」
そう言うと、フィリアはやわらかく微笑んだ。そこに何か別の感情を誤魔化すような色はなく、その表情はどこか幼く無垢に見えた。
「でも……君はこの家の人間ではないと分かっても囮になるつもりか? 本当なら君とは何の関係もない問題なんだぞ。あえて君が危険にさらされる謂れは……」
「リガルド! もう決めたでしょ。私は囮になる。守ろうとしてくれたリガルドや皆のためにも、早くこの問題に決着をつけて、元の穏やかなお屋敷に戻したい。それが私にできる恩返しでもあるの。ね?」
リガルドは相変わらず頑ななフィリアの様子に、苦笑する。
昔からそうだった。こうと決めたら意地でも貫く強さを持っている子だった。
昔と変わらない面影を見て、リガルドは頷いた。
「そうか。分かったよ、もう言わない。……でも実は、もうひとつ伝えたいことがあって……その、これは私の勝手な気持ちであって決して君にそれを押し付けようとするわけではないんだが。その……私が君をどう思っているかということなんだが……」
「え……?」
リガルドは決意していた。
真実を話した以上、もう自分の思いの丈を隠しておくなどできないと。この事件が片付けばどの道、フィリアはこの屋敷を出て行くだろう。何しろ赤の他人なのだ、このまま一緒にい続けるわけなどできないのだから。
それならば今告げるしかない、そう決意して口を開いた。
が、それをフィリアが止めた。
「あ! 待って。もしこの先のことに関してだったら、ちょっと待ってほしい。私もさっき真実を聞いたばかりでやっぱり混乱はしているし、自分の気持ちをもう少し見つめたいというか、整理したいというか……」
そう言うと、少し考え込んだ後に小さくうなずく。
「私もリガルドに話したいことがある。だから、事件が終わったら二人でゆっくり話をしない? お互いに色々と話さなきゃいけないことも、伝えたいこともあるでしょう?」
フィリアの話したいことというのが、この屋敷を出ていくことに関する話なのは間違いないだろう。
だが、確かに話したいことはたくさんある。謝らなければならないことも、感謝したいことも、告げたいことも。
どうせ最後になるなら、落ち着いて他に憂いなく話がしたいと思った。
「わかった。じゃあ事件が無事片付いたら前に話したように色々な菓子でも食べ比べながら、ゆっくり話をしようか」
あえて暗くならないように楽しい演出をするのも悪くない。
そう思いながら、フィリアに持ちかける。
「うん……じゃあ、約束。早くイリスの問題を片付けて、ここに戻ってこよう。そうしたら、もう何も隠しせずにちゃんと話しましょう」
「……ああ、約束だ。フィリア」
こうして、約束は交わされたのだった。
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