4話 無自覚な執着
その日もリガルドからの贈り物が部屋に届けられ、フィリアは引きつった顔で受け取る。
(いらないって言ったばかりなのに……もう!)
しかも今日はご丁寧に、淡いピンクの薔薇の花束付きだ。誕生日でもないのに。
きれいにラッピングされた小さな箱を手に取り中を確認すると、さらりとした手触りの一本のリボンが入っていた。
(まぁ宝石とかがついてないだけ、ましかなぁ? 高価だと本当に申し訳ない気持ちになっちゃうし。……ん?)
が、フィリアはふとあることに気付き瞬時に固まった。
「ねぇ、ミリィ。なんかこれの色ってリガルドの目の……」
驚いて思わず近くにいたミリィに、リガルドの目の色と同じじゃない? とたずねようとして、フィリアは口ごもった。
「どうかなさいました?」と、怪訝そうな顔で振り向いたミリィに、何とも言えない微妙な表情を浮かべたまま首を振る。
普通自分の色の装飾品を贈るのは、恋人か配偶者にだけだ。たとえ親子だって、そんな贈り物はしない。ならばこの箱の中にあるものは何だろう、とフィリアは思う。リガルドの目の色と同じ、深みのある藍色をしたこのリボンは。
(でもミリィに何て言うのよ。これってリガルドの目の色なんだけど、これを私に贈った理由って何かな、とか? 花束だってそうよ。こんな薔薇の花束を妹に贈るなんてありえないでしょ)
リガルドが何を考えているのかさっぱりわからない。
そう言えば、これまでリガルドがくれた贈り物の中にも同じ色が使われたものがいくつもあった気がする。あれも偶然なのか、それとも。
それにふと髪に触れてきたり時々じっと熱い目で見つめてきたりして、物理的な距離感もちょっとおかしい。近すぎるのだ。リガルドにとってはキャンディを口に放り込んだり頭をなでる延長線上の行為かもしれないが、もう子どもではないのだ。
(ただでさえあの美しい顔にだってまだ慣れていないのに、意識しちゃうんだよね……。一体どういうつもりなの)
ぐるぐると止めどなく、フィリアの頭の中を数々の疑問と困惑が巡る。
リガルドはフィリアにとってはまだ異性なのだ。それなのにあんなふうに接してこられたら、ドキドキしてしまうのは仕方がないと思う。一応は年頃の娘なんだし、免疫だってないのだから。しかもそれが兄に対しての感情だと思うと、どこか罪悪感もあって。
フィリアは怒っているというよりはむしろ、困惑していた。
血のつながった兄に触れられてドキドキしているなんて、ミリィにもダレンにも絶対に言えない。口が裂けても言えない。
「不毛だわ、これ。兄相手に私は一体何を……」
フィリアの口から、小さなつぶやきと深いため息が漏れた。リガルドの意図がつかめず、今日もフィリアは一人悶々とするのだった。
そして、フィリアが不毛な思いに悶々としている頃、リガルドもまた悶々としていた。
◇ ◇ ◇
リガルドは、執務室で頭を抱えていた。
(年頃の少女相手に、一体何を話せば……。もう少し会話をして理解を深めろとダルトンは言っていたが、どうすればいいんだ。フィリアを幸せにしたいといいながらまともな会話ひとつできないなど、無能はあの父譲りか……)
リガルドの口元から、頼りないため息がもれた。
もともと、リガルドは社交的な性質ではない。会話のない家庭で育ち、評判をおもしろいほど落としていくノートン家との社交を望む者もいなかったことも影響しているのだろう。気がつけば、無口で表情の乏しい面白味のない男になっていた。
外見こそ誉めそやされることはあるが、それだけだ。見た目はいいがとっつきにくく冷徹な恋愛対象外の男として、遠巻きにみられている自覚もある。
それでもようやく取り戻したフィリアに、これから先もこの屋敷で暮らしてほしいのだ。そのため、好みに合いそうな小物や流行りの菓子などを贈って気に入ってもらおうと努力しているのだが、先日もういらないと釘を刺されてしまった。
ならば会話で関係を深めようと思うものの、いざ目の前にすると何を話せばいいのか考えているうちに時間が過ぎてしまうし、思いつくまま口にすればとんでもないことを口走りそうな予感もするしで、どうにもうまくいかない。
そのためしかたなく、贈り物を続ける毎日である。
(せめて気に病まないよう高価なものは避けているし、花や菓子などの消えものならばそれほど困らないだろう。もちろん会話も努力はするが……)
実はその努力があらぬ方向に突き進んでいることに、リガルドは気づいていない。そしてその贈り物に滲む、無自覚な執着にも。
リガルドにとってフィリアは、生まれて初めて全力で守ってやりたいと思った相手である。それまで何にも執着を持たなかった淡泊な性質の自分に、こんなに熱い感情があるのかと驚くほどの衝動だった。だからこそこうして、何年も努力し続けてこれたのだ。
(すっかり屋敷にも馴染んで使用人たちにも気に入られているようだし……。あとは自分がこの家の人間だと思ってもらえれば、このまま)
今のフィリアにはまだ、この屋敷に長く滞在する気はないことはわかっていた。だからこそ、もしこのまま妹だと自覚してもらえなかったら、いくら屋敷の生活を気に入ってくれたところであの子は出ていくだろう。そうなったら今までの努力は泡と消えてしまう。
フィリアとこれからもずっと一緒にいることが、リガルドの願いなのだ。もう二度と手放す気はもとよりないし、あんな無防備なあの子を町に送り返すなど心配過ぎてできない。
(やはり当面はちょっとした贈り物で気持ちを伝えよう。一緒に過ごす時間をもう少し捻出したいが、執務をないがしろにするわけにもいかないからな。とりあえずは……髪も大分伸びてきたから髪飾りもいいな。これから肌寒くなるから、羽織りものも必要だろう。もう少し落ち着いたら、一緒に外出するのもいいな)
ずっと欠けていた大切なものをやっとこの手に取り戻したようなそんな満たされる気持ちに、リガルドは幸せそうに目を細めるのだった。
それから数日後、フィリアは窓辺の椅子に腰かけ憂いを帯びた息を小さく吐き出していた。
「……こんなはずじゃなかった」
そのつぶやきは、フィリアの今の心中を最もよく表していた。
「まさかここにきてぎっくり腰なんて……なんでなの。ダレン」
その知らせは、今朝起きたてのフィリアのもとにすぐに届いた。
順調に体調が回復し、来月辺りには店に戻れるかもしれないと期待に胸を膨らませていた矢先。ダレンが、ぎっくり腰を発症したのだ。朝早くに、リハビリがてら散歩にでも出かけようとして起きた事故だったらしい。すぐさま医者が駆けつけたものの、その場で絶対安静を言い渡され、再びベッドの上の人となったのである。
全治一か月の診断だった。
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