5章

1話 王宮からの招待


 翌朝すっきりとした気分で目を覚ましたフィリアは、ミリィに叩き起こされた。


「せっかく事件も終わったばかりで気持ちのいい朝なのに、何の騒ぎなの?」

「大変ですよ! フィリアお嬢様っ。今すぐお支度なさってくださいな」


 朝から興奮気味のミリィに、フィリアはきょとんと目を瞬かせた。


「支度って何の? 朝食の時間にはまだ早いんじゃ……」

「違いますよ! フィリアお嬢様はこれからリガルド様と王宮へ行かれるんです! だからそのお支度を!!」

「お、おおおお王宮? 何で私がそんなところへ?」


 一気に残っていた眠気も覚めて、フィリアは叫んだ。

 昨夜事件が終わったばかりで、今度は何の騒ぎなのかと、呆然とする。


「とにかく時間がないんです! まずは入浴を済ませて、それからせめて軽くマッサージをして、爪を磨いて。えーと、それから……」

「ちょっとミリィ、そんなことまで?時間がないんじゃなかったの?」 


 そう反論するも何ひとつ聞き入れてはくれないミリィに追い立てられるように忙しく動くフィリアである。


「フィリアお嬢様。さ、ドレスをどうぞ」


 言われるまま、全身飾り立てられていく。もちろん夜会などではないからそこまで華やかなものではないが、正式な場とあって仰々しい。


「さ、これで立派な令嬢の出来上がりです! いやあ、よく頑張った、私!」


 ミリィが満足気にガッツポーズをしている。


 鏡の中には、確かにいつもより見栄えのする自分の姿が映っている。でもどこか以前の自分とはどこか変わったような気がするのはなぜだろう。


 首を傾げながら、リガルドの元へと急ぐ。


「では、いってらっしゃいませ。リガルド様、フィリア様」


 こうして、満足気なミリィとダルトンに見送られ王宮へと向かった。



 ◇ ◇ ◇ 


「ああ、そんなにかしこまらずとも良い。顔を上げよ」


 ガチガチに顔をこわばらせて、ミリィに教えられたように足をプルプルさせながらなんとか礼の姿勢を取る。


「さて、此度の働き誠に大義であった。礼を言う」


 陛下直々の感謝の言葉に、深く首を垂れた。


 あくまで私的なお呼びらしく、この謁見室にいるのは国王陛下とそのそばに仕えている重臣らしき男が一人と、ヨーク、そして自分たちだけだった。

 ヨークはひどく疲れ切った顔で、それでもにこやかな笑みをその顔に浮かべながらこちらを見ていた。


「ついては感謝の印として、褒美をやろうかと思っておるのだが……。時にそなた、フィリアと申したか。ダレンは変わりなくやっておるか?」


 陛下の口から出たなじみのある名前に、フィリアは弾かれたように顔を上げた。


「あやつのことだから、腰を痛めて好きに動けないもんだから不平不満だらけで怒鳴り散らしているんだろう。私に会いにもこぬからバチがあたったのだ。くっくっくっ」


 思わず目をぱちぱちと瞬かせ、フィリアはきょとんとした顔で陛下を見る。

 恐る恐る、陛下の様子をうかがいながらフィリアは問いかけた。


「恐れながら、陛下はダレンとお親しいのですか?」

「ん? おお、あやつから聞いてないのか。私とあやつは長年の茶飲み仲間じゃぞ。昔、この国に代々伝わる貴重な宝玉が盗まれたことがあって、その折に助けてもらって以来の縁なのだ。ちなみにその時に褒美として爵位も授けてあるから、あやつも立派な貴族の一人だぞ」


 開いた口がふさがらないとはこのことである。あの飄々とした偏屈なダレンが、あんな町外れの小さな骨董屋の主人を細々続けているダレンが、貴族とは。


「おお、そうだ! おもしろいことを思いついたぞ。そなた、ダレンの養女となるがよい。さすればあやつももう少しここへ遊びにくるかもしれんしな。そうと決まれば、さっそく養子縁組の手続きを!」

「……っ、養子縁組? 養女?」


 思わず変な声が出た。


(え? 私がダレンの養女ってことは、ダレンが私の養父になるってこと? え、でもダレンの意思は? なんか勝手に話がぐんぐん進んじゃってるけど、いいの? )


 あっけにとられているのは、フィリアだけではなかった。


 ふと隣を見れば、リガルドもその端正な顔を驚愕にこわばらせていたし、ヨークにいたっては呆れたようなげんなりしたようななんとも言えない表情を浮かべて、首を小さく振っている。


 思いもしない展開に動揺するフィリアたちをよそ目に気づけばあっという間に書類の用意も整い、あとはダレンの署名を残すだけとなっていた。


「署名が済めば、すぐに縁組は整うであろう。あやつの養女となるのだから、そなたも気軽にここへ遊びにくるとよい。待っておるぞ」

「あ、あの……ダレンの意思は? 縁もゆかりもない私を娘になんて、嫌がるのでは……」


 国王陛下の決断に物申すなど不敬に当たるのかもしれないが、これまでさんざん世話になったダレンにこれ以上の迷惑はかけられない。


「ふわっはっはっはっ! あやつはそなたのことをとっくに娘のように思っておるに違いないよ。こんな偏屈な男の娘になれなど、あやつからは絶対に言いださんだろうがな。……フィリアよ、大丈夫だ。あやつの後ろ盾があれば、きっと貴族界でそなたを悪く言う者などひとりもおらん。何しろあやつはありとあらゆる弱みを握っとるからな」


 そう言うと、陛下は楽し気に笑い声を上げた。


「さて、肝心の褒美の話がまだであったな。まずはノートン伯爵、そなたには陞爵をと言いたいところだが、その理由を問われて此度の一件が表ざたになっても困るのでな。新しい領地と報奨金で許せよ。……そしてフィリア、そなたは何が欲しい? なんでも言うて見よ」

「何も……特に何もございません」


 フィリアの口からするりと言葉が出た。


「欲しいものなど何もないと申すか」

「はい。私にはすでに、私を心から心配し大切に思ってくれる人たちがたくさんおります。それに先ほど、陛下がダレンとの養子縁組もまとめてくださいました。ダレンが父となってくれるのでしたら、そんな嬉しいことはございません。ですから、もう何も。充分です」


 その答えに陛下は一瞬固まり、そして破顔した。


「ふわっはっはっはっはっ! そうかそうか。もう充分か。くっくっくっくっ……あやつが気に入るわけだ。承知した。ではここは、そなたの意思を尊重しよう」

 

 そしてフィリアから隣のリガルドに視線を移す。


「ノートン伯爵、ではこの件に関してはそなたに一任しようと思う。いずれそなたたちに祝いが必要となる時がこよう? その時にたんと祝いを弾んでやる。それで許せ」


 そなたたちの祝いとは何のことだろうと、フィリアは意味が分からず首を傾げる。


 が、リガルドは一瞬虚を突かれたような顔をしていたが、すぐに目元をやわらかく細め笑みを浮かべると「有難き幸せにございます」と腰を折った。


(リガルドには何のことか分かってるみたいだけど、結果リガルドが何かをもらえるってことならまあいいか。私じゃ手作りのお菓子以外、何も返せないんだし)


 そして謁見は和やかな雰囲気のまま、終了したのだった。




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